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反論文掲載事件 東京地裁平成4年2月25日判決
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【判例ID】   27811502
反論文掲載等請求事件
東京地裁昭五九年(ワ)第三三五八号、昭五九(ワ)第七五五三号
平4・2・25民事第三六部判決
原告 X
右訴訟代理人弁護士 尾崎陞
同 尾山宏
同 雪入益見
同 鍜治利秀
同 小笠原彩子
同 桑原宣義
同 浅野晋
同 原勝己
同 渡辺春己
同 加藤文也
昭和五九年(ワ)第三三五八号事件被告 株式会社文藝春秋
右代表者代表取締役 千葉源蔵
昭和五九年(ワ)第三三五八号事件被告 Y1
昭和五九年(ワ)第三三五八号事件被告 Y2
昭和五九年(ワ)第七五五三号事件被告 Y3
右被告四名訴訟代理人弁護士 植田義昭
同 佐藤博史
右被告Y2訴訟代理人弁護士 星運吉

       主   文

原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。

       事   実

第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告株式会社文藝春秋は、原告に対し、月刊雑誌「諸君!」に、原告作成の題名を目次に記載し、かつ、本文に八ポイント活字三段組で別紙反論文記載の反論文を一回掲載せよ。
2(一) 被告株式会社文藝春秋、同Y2及び同Y3は、原告に対し、共同で月刊雑誌「諸君!」に、九ポイント活字を使用して別紙謝罪文(一)記載の謝罪文を一回掲載せよ。
(二) 被告株式会社文藝春秋、同Y2及び同Y3は、原告に対し、連帯して金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3(一) 被告株式会社文藝春秋及び同Y1は、原告に対し、共同して月刊雑誌「諸君!」
に、九ポイント活字を使用して別紙謝罪文(二)記載の謝罪文を一回掲載せよ。
(二) 被告株式会社文芸春秋及び同Y1は、原告に対し、連帯して金一一〇〇万円及びこれに対する昭和五九年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は、被告らの負担とする。
二 被告ら
  主文と同旨
第二 当事者の主張
  当事者の主張の詳細は、別紙「原告の主張」、「被告らの主張」のとおりであり、その要旨は、以下のとおりである。
一 原告
(請求の原因)
1 当事者
(一) 原告
  原告は、訴外株式会社朝日新聞社(以下「朝日新聞」という。)の編集委員の職にある記者であり、昭和五二年一二月朝日新聞発行の「ベトナムはどうなっているのか?」(以下「本件著作物」という。)を執筆した者である。
(二) 被告ら
(1) 被告Y2(以下「被告Y2」という。)は、被告株式会社文藝春秋(以下「被告文春」という。)発行の月刊雑誌「諸君!」(以下「諸君!」という。)昭和五六年五月号に掲載された「今こそ『ベトナムに平和を』」と題する評論(以下「本件評論」という。)を執筆した者である。
(2) 被告文春
  被告文春は、本件評論を掲載した雑誌「諸君!」の発行会社である。
(3) 被告Y3
  被告Y3(以下「被告Y3」という。)は、被告文春の社員で、昭和五六年三月まで「諸君!」の編集長の地位にあった者である。
(4) 被告Y1
  被告Y1(以下「被告Y1」という。)は被告文春の社員であり、昭和五六年四月から被告Y3を引き継いで昭和六一年六月まで「諸君!」の編集長の地位にあった者である。
2 被告らの違法行為
(一) 被告Y2の違法行為
(1) 民法七〇九条該当性
  原告は、本件著作物の一七六頁ないし一七八頁において、一二人の集団“焼身自殺”事件と題して、いわゆるファム・ブァム・コー事件(以下「本件事件」という。)につき、ティエン・ハオ師(以下「ハオ師」という。)が語った内容を、別紙「本件著作部分」のとおり、原告の見解・判断を交えない報道(いわゆる発表もの)として紹介した。
  ところが、被告Y2は、別紙「本件評論部分」(以下、本件評論中のこの部分を「本件評論部分」ともいう。)のとおり、本件評論の五八頁ないし六三頁において、右報道内容を原告の見解とする架空の事実を作出した上、この事実を前提に原告を非難、中傷した。

 右非難、中傷は、原告が、本件事件について、「重要な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに断定して書いて」おり、「これは報道記者としての堕落で」あり、「誤るにも誤り方があるというもので一二人の殉教者を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言い訳できまい。X記者は筆を折るべきである。」などというもので、評論、批判の範囲を逸脱し、最大限の悪罵(非難、中傷)を弄しているものである。
  さらに、右非難、中傷は、被告Y2が入手したとする本件事件の録音テープに基づいているが、右録音テープは、一聞しただけで不自然に編集され直されている疑いがあることが歴然としているにもかかわらず、同被告は、右録音テープの真偽を確かめないままこれをうのみにして、原告への非難、中傷の根拠としているのである。
  被告Y2のこのような行為は、原告のジャーナリストとしての地位、声望の失墜を意図した誠に許容し難いものであり、原告の名誉を著しく毀損するものであって、同被告は、民法七〇九条以下の責任を免れない。
(2) 著作者人格権の侵害
  著作権法二〇条は、「著作者は、その著作物及びその題号の同一性を保持する権利を有し、その意に反してこれらの変更、切除、その他の改変を受けないものとする。」と規定し、同法三二条一項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲で行われるものでなければならない。」と規定し、さらに、同法一一三条三項は、「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を引用する行為は、その著作者人格権を侵害する行為とみなす。」と規定する。
  本件評論においては、前記のとおり、いわゆる発表もので本件著作物の記載内容について、それが原告の見解とする架空の事実を作出しており、原告が本件著作物の同一性保持権を損ない、批評その他の引用の目的上正当な範囲を逸脱して原告の著作者人格権を侵害する違法なものである。
(二) 被告Y3の違法行為
  被告Y3は、「諸君!」の編集長としてその企画・編集について責任を負う立場にあった者であり、本件評論の内容を知り又は知り得る立場にあったのであるから、右(一)記載のような違法な内容の本件評論部分の掲載を中止すべきであったにもかかわらず、これをしなかったばかりか、その内容を知りながらあえて本件評論を「諸君!」昭和五六年五月号に掲載した。
  したがって、被告Y3は、被告Y2と共同して、民法上の不法行為責任及び著作権法上の著作者人格権の侵害として違法行為責任を免れることはできない。
(三) 被告Y1の違法行為
  原告は、被告Y2からの違法行為により、被告文春に対して、本件評論に対する反論文掲載請求権(反論権)を有するに至り、かつ、被告文春は、「諸君!」に原告の右反論文の掲載を約束していた。しかるに、被告Y1は、「諸君!」の編集長としての地位を利用し、原告の被告文春に対する反論権の行使を妨害し、そのため、原告は、右反論権の行使によって回復されるべき名誉を侵害されたままである。
  被告Y1のかかる行為は、原告の被告文春に対する反論権という権利の侵害行為であり、民法上の不法行為を構成するものというべきである。
(四) 被告文春の違法行為
  被告文春は、違法な内容の本件評論部分を掲載した「諸君!」昭和五六年五月号の発行社としての責任ならびに被告Y3及び同Y1の使用者としての責任を免れることはできず、また、被告Y2とは共同不法行為者としての責任を負わなければならない。
  さらに、被告文春は、被告Y2と共同として著作権法上の著作者人格権侵害の責任を負わなければならない。
3 被告らの責任内容
(一) 「諸君!」誌上への反論文の掲載(被告文春に対する請求)
(1) 反論文掲載請求権(反論権)の根拠
  他人の違法行為によって名誉、人格上の権利を侵害された場合、これを回復する措置を加害者に対し請求できることは、現代法における普遍的原則である。雑誌、新聞など特定のマスメディアが掲載した評論、論文などにより他人の権利を侵害したとき、被害者の救済としては、損害賠償、謝罪文の請求ができることは当然であるが、被害者の救済としては、名誉、人格上の侵害に対しては、当該評論、論文などの掲載誌を通じて反論する権利を保障することが効果的な手段のひとつとなる。なぜなら、特定の雑誌などに掲載された違法な評論などによって読者が影響を受けた場合、同一雑誌に被害者が反論文を掲載することによって、その影響を消去することがある程度可能だからである。反論文の掲載によって回復される名誉、人格上の利益は、損害賠償や謝罪以上に大きい。そのために保障された権利が反論権である。反論権は、違法な評論などを掲載した雑誌などの発行社に対する権利であり、民法、著作権法により認められた実定法上の権利である。
(2) 原告の被告文春に対する「諸君!」誌上での反論権の存在
  原告は、被告文春に対し、次のア、イの根拠に基づき、本件評論により侵害された名誉、著作者人格権を回復するために必要な反論文を「諸君!」に掲載する権利を有する。
ア 民法七二三条を根拠とする請求
  民法七二三条は、名誉毀損行為に対し、「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スル」ことができると定めている。この処分として、一般には謝罪文が考えられるが、謝罪文は加害者が被害者に対してなすものであり、十分意を尽くすことができず一定の限界がある。謝罪文のみでは不十分な場合、反論文の掲載によって名誉を回復することができる。同条は、広く適当な処分を命ずることができると定めているから、この規定は反論権の根拠となるものであり、原告の反論文掲載請求の根拠のひとつは、本条を根拠とするものである。
イ 著作権法一一五条を根拠とする請求
  著作権法一一五条は、「著作者は、故意又は過失によりその著作者人格権を侵害した者に対し、損害の賠償に代えて、又は損害の賠償とともに、著作者であることを確保し、又は訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。」と規定する。本条は、被害者に対し、反論権を含む被害の回復措置を保障した規定であると解される。
(3) 反論文の内容
  原告が請求する反論文は、違法な本件評論部分を正し、侵害された原告の名誉、著作者人格権の回復に必要なもので、その内容は、別紙反論文に記載のとおりである(以下「本件反論文」という。)。
(二) 「諸君!」誌上への謝罪文の掲載
(1) 原告は、被告Y2、同Y3及び同文春に対し、前記2(一)、(二)、(四)の違法行為について、民法七二三条又は著作権法一一五条に基づき、違法な本件評論を掲載した「諸君!」誌上に謝罪文を掲載することを請求する権利を有する。そして、原告の求める謝罪文は、別紙謝罪文(一)に記載のとおりである(以下「本件謝罪文(一)」という。)。
(2) 原告は、被告Y1及び同文春に対し、前記2の(三)、(四)の違法行為について、民法七二三条に基づき、違法な本件評論を掲載した「諸君!」誌上に謝罪文を掲載することを請求する権利を有する。そして、原告の求める謝罪文は、別紙謝罪文(二)に記載のとおりである(以下「本件謝罪文(二)」という。)。
(3) なお、反論文は、原告がその名において行うものであるのに対し、謝罪文は、被告らが被告らの名において行うものであって、救済の趣旨は同じでもその手段は異なる。本件のごとき不法行為の場合には、両者の掲載により初めて名誉、声望の回復が可能であるので、原告は、本訴において、この両者をともに請求する。
(三) 損害賠償
(1)ア 原告は、被告Y2、同Y3及び同文春による前記2の(一)、(二)、(四)の違法行為によって、ジャーナリストとしての名誉を毀損され多大な精神的苦痛を被ったものであり、右苦痛に対する慰謝料は、金一〇〇〇万円を下らない。
イ 原告は、原告訴訟代理人らに本訴の提起、追行を委任し、弁護士費用として右慰謝料額の一割に当たる金一〇〇万円を支払うことを約束した。
ウ したがって、原告は、右被告らに対し、民法七二三条又は著作権法一一五条により右ア、イの合計金一一〇〇万円の賠償を請求する権利を有する。
(2)ア 原告は、被告Y1及び同文春による前記2の(三)、(四)の違法行為によって、ジャーナリストとしての名誉を毀損され多大な精神的苦痛を被ったものであり、右苦痛に対する慰謝料は、金一〇〇〇万円を下らない。
イ 原告は、原告訴訟代理人らに本訴の提起、追行を委任し、弁護士費用として右慰謝料額の一割に当たる金一〇〇万円を支払うことを約束した。
ウ したがって、原告は、右被告らに対し、民法七二三条により右ア、イの合計金一一〇〇万円の賠償を請求する権利を有する。
4 よって、原告は、
(一) 被告文春に対し、原告の求めた裁判1記載の方法で本件反論文を「諸君!」に掲載することを求め、
(二) 被告Y2、同Y3及び同文春に対し、請求の趣旨2(一)記載の方法で本件謝罪文(一)を「諸君!」に掲載すること並びに連帯して右3(三)(1)の損害金一一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年七月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、
(三) 被告Y1及び同文春に対し、請求の趣旨3(一)記載の方法で本件謝罪文(二)を「諸君!」に掲載すること並びに連帯して右3(三)(2)の損害金一一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五九年七月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告らの主張に対する答弁)
  争う。
二 被告ら
(請求原因に対する答弁)
1 請求原因1の事実は、認める。
2(一) 同2(一)(1)のうち、原告が本件著作部分において、一二人の集団“焼身自殺”事件と題して、本件事件につき報道していること、本件評論の本件評論部分中に原告指摘の記述部分があることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。
(二) 同2(一)(2)のうち、著作権法に右の規定があることは認めるが、主張は争う。
(三) 同2(二)のうち、被告Y3が、「諸君!」の編集長としてその企画・編集について責任を負う立場にあり、本件評論の内容を知り又は知り得る立場にあったことは認めるが、その余の主張は争う。
(四) 同2(三)の事実は否認し、主張は争う。
(五) 同2(四)の主張は争う。
3(一) 同3(一)のうち、民法七二三条及び著作権法一一五条の規定については、認めるが、その余の主張は争う。
(二) 同3(二)の事実は否認し、主張は争う。
(三) 同3(三)の事実は否認し、主張は争う。
(被告らの主張)
1 本件評論部分における本件著作部分の引用の正当性について
(一) 本件訴訟の論点は、被告Y2が本件評論部分の中で本件著作部分を歪曲して引用したものであるか否かにある。すなわち、原告が被告Y2の不法行為として主張するところは、被告Y2が、本件評論部分において、原告が本件著作部分で本件事件を焼身自殺とは全く無縁の無理心中であるかのように記載したと歪曲して引用したという点にあるから、本訴の争点も、被告Y2が、本件評論部分において、原告が本件著作部分で本件事件を焼身自殺とは全く無縁の無理心中であるかのように記載したと歪曲して引用したか否かにあり、被告Y2が本件評論部分の中で本件事件がベトナムの新政権に対する抗議の焼身自殺であるとして原告の本件著作部分を批判していることが確実な根拠に基づく正当な批判かどうかではない。そして、被告Y2は、本件評論部分において、本件著作部分を原告の直接的な調査結果ではないと引用しており、原告の批判は妥当しない。
(二) 被告Y2が,本件評論部分において、「X記者は「焼身自殺などというものとは全く無縁の代物」、「堕落と頽廃の結果」であるといっている」「X記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いている」等と記載した部分があるが、そもそも引用は、被告Y2の本件著作部分に対する一定の理解に基づいてなされるものであり、その適否は全体として考察が必要であり、かつ、批判、論評の域を逸脱したものであるか否かという観点からこれを論ずる必要がある。そして、本件著作物を全体として考察すれば、本件著作部分は、原告の見解を交えない発表物というものではなく、その意味で、前記のような被告Y2の引用も許容されるというべきである。
2 反論文掲載請求権について
(一) 原告は、「知る権利」を反論権の背景ないし根拠として主張するが、「知る権利」の享受者はいうまでもなく国民一般であって、第三者たる原告が国民一般に対する被告の義務なるものを主張して反論文の掲載を求めるのは筋違いである。 
(二) 原告は、本訴において、民法七二三条に基づき反論文の掲載を求めるが、同条にいう「適当ナル処分」とは謝罪広告あるいは訂正広告を意味し、反論文掲載を含まないものと解するのが従来の通説、判例であり、被告らもこれを正当と考える。すなわち、反論文の掲載を法的に強制することは、表現の自由のひとつである編集の自由ないし編集権を侵害し、表現の自由に対する萎縮的効果をもたらすが故に違憲であるというべきである。

 また、著作権法一一五条にいわゆる「訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当なる措置」に反論権を含むとの主張は原告の独自の主張である。
第三 証拠関係〈省略〉

       理   由

第一 請求原因1の事実、原告が、本件著作部分において、一二人の集団“焼身自殺”事件と題して本件事件について報道していること、及び本件評論の本件評論部分中に原告指摘の記述部分があることは、いずれも当事者間に争いがない。
  右事実によれば、本件評論部分において、被告Y2が、本件著作部分を引用し、その信憑性を疑い、原告の執筆姿勢を批判した上、「なげやりな書き方」「報道記者としての堕落」「X記者を「ハノイのスピーカー」と呼ぶ人がいる」「X記者は筆を折るべきである。」などと記述していることは、明らかである。
第二 損害賠償及び謝罪文掲載請求についての判断
  原告は、本件評論部分における本件著作部分の引用が違法であり、本件評論部分の評論が根拠を欠くものであると主張し、民法七〇九条、七二三条、著作者人格権を根拠に、損害賠償及び謝罪文掲載を請求し、被告は、これを争うので、本件評論部分の適否について判断する。
一 被告Y2が本件評論を執筆するに至った経緯
  前示第一の事実、〈書証番号略〉、検証の結果(平成二年一二月四日実施分)並びに原告、被告Y2各本人尋問の結果によれば、被告Y2が本件評論を執筆した経緯について、次の事実を認めることができる。
1 昭和五一年(一九七六年)九月九日の「朝日新聞」夕刊は、パリ発のロイター電として、昭和五〇年(一九七五年)一一月二日にベトナムの僧侶九人と三人の尼僧が新政権の宗教政策に抗議して集団自殺したと報じた。この事件は、ファム・ヴァム・コー事件と呼ばれ、ベトナム戦争終結(昭和五〇年)直後のベトナム新政権の宗教政策に対する抗議運動として、理解されていた。
2 原告は、朝日新聞の記者として、ベトナム戦争中から数度にわたってベトナムでの取材をし、その報告記事を公表していたが、昭和五一年三月、再び、ベトナムを訪ねて、ベトナム戦争終結後のベトナムを取材した。
3 原告は、同年三月七日から同年四月一三日までの間ベトナムに滞在したが、その間の同年三月一九日、サイゴンの永源寺において、原告及び毎日新聞、読売新聞の各記者の三人とベトナムの愛国仏教会関係者との記者会見が行われた。この席において、愛国仏教会の副会長であるハオ師は、本件事件について、記者の質問に答えて、本件事件について語った。それが、本件著作部分の内容である。
4 原告の右ベトナム滞在中の取材結果は、そのころ朝日新聞に連載で掲載された。本件著作物は、右の掲載記事を中心に、その後原告が雑誌に発表したものを加筆、修正した上、発行されたものである。
5 被告Y2は、国際政治学を専攻とする学者で、本件評論執筆当時、東京学芸大学教育学部助教授の職にあって、特に東南アジアの問題、共産主義の戦略、戦術等に関心を持っていた。被告Y2は、右学問的関心に関連して、ベトナム戦争中に日本で行われていたベトナム問題についての評論ないしは報道に誤りがあるとの認識を持ち、大量の難民が国外に脱出するなどのベトナム戦争終了後のベトナムの情勢からしてその認識を更に強め、これについて、まとまって研究をしてみたいと考えていたところ、原告がベトナム問題に関する報道の中心的人物であったことから、その著作物には目を通しており、原告の本件事件についての報告及び昭和五二年一二月に朝日新聞より発行された本件著作物も読んでいた。
6 被告Y2は、本件著作物に目を通す前から本件事件を新聞報道で知っており、本件著作物で示された報告は、信じられないとの印象を受けたが、当時は具体的な反論資料もなく、具体的な行動を起こそうとまでは考えなかった。
7 被告Y2は、昭和五三年七月ころ、ベトナム難民であるいわゆるボートピープルと接してベトナム難民についての関心を強くし、日本にいるベトナム難民ばかりでなく、世界、とりわけアメリカ合衆国に多くいるベトナムからの出国者に対して取材をしようと考え、その一環として、知人を通じ、同年九月二六日、ロスアンゼルスの郊外にある仏教寺の「越南寺」の住職であるマン・ジャック師と会談する機会を得た。
8 被告Y2とマン・ジャック師との右会談の中で、マン・ジャック師は、ベトナム戦争終結後の新政権下においての宗教弾圧がひどいと話し、弾圧がひどいから抵抗も激しくなる例として本件事件を語った。これに対し、被告Y2が本件著作物で示された本件事件についての報告を紹介したところ、マン・ジャック師は驚き、被告Y2に対し、本件事件の背景等について語るとともに、「ベトナム社会主義共和国における人権擁護についてのベトナム統一仏教会のアピール」と題したドキュメント集を渡し、信者が本件事件の際に録音したとされるテープを聞かせた(なお、被告Y2は、右録音テープのコピーについては、後日、マン・ジャック師から送付を受けた。以下、この録音テープを「Y2テープ」という。)。
9 被告Y2は、アメリカ合衆国への取材以前である昭和五三年八月の終わりころ、「月曜評論」紙の担当者からベトナム戦争ないしはベトナム問題について公表された発言や評論を全体として批判してみないか、と勧められていたところ、同年一〇月中旬ころに帰国した後、原告の本件著作部分についての反対資料と思われるY2テープを入手したこともあって、その執筆を決意し、マン・ジャック師から送付を受けた右テープをベトナム人留学生に翻訳させるなどして検討を加えた。そして、被告Y2は、マン・ジャック師の話や送付を受けたY2テープの内容に加え、本件著作部分の「二六人を妻にしていたこと」、「大衆の支持を次第に失い、お布施がなくなって米も買えずお粥を食べなければならなくなっていた」僧侶が「麻薬と睡眠薬」を用いて六時間に及ぶセックス・パーティに興じていた」等という記事の内容それ事態から信用できないと感じ、また、原告が、(1)愛国仏教会というベトナム当局の発表をそのまま本件著作部分に記載していること、(2)原告が愛国仏教会の調査に非常に信頼を置き、そこで発表したものが事実であると信じているように読めるような表現を用いていると考え、これに批判的な意見を持った。
10 被告Y2は、昭和五四年一月から「月曜評論」に、ベトナム戦争当時における日本人ジャーナリストその他の言論人の言動についての批判を執筆するに当たり、その第一回(月曜評論第四一六号、昭和五四年一月一五日発行。〈書証番号略〉)に原告の本件著作物の批判を掲載した(その記載内容は、本件評論とほぼ同内容である。その後、「月曜評論」に執筆、連載された被告Y2の評論は、「言論人の生態」(〈書証番号略〉)にまとめられた。)。被告Y2は、「月曜評論」において本件著作部分の批判を掲載するに当たり、前示9のとおり、原告が本件著作物において、ハオ師の言葉の引用の形式をとって自己の見解を示していると判断して、その判断を前提に、本件著作部分を引用、批判した。
11 被告Y2は、「諸君!」の編集部員であった訴外Z1から、「月曜評論」に連載している評論のうち、中心になるような部分「エッセンス」を、単行本として出版する前に紹介しないかと求められ、三回にわたって連載したべ平連に対する批判部分を、前者については要約し、後者についてはやや要約した形で執筆し、昭和五四年五月号の「諸君!」に、本件評論を掲載した(本件評論、〈書証番号略〉)。
二 本件評論部分は、本件著作部分を引用の上、前示のとおり批判しているが、その批判は、原告の執筆姿勢に関わる部分と取材内容の信憑性に関わる部分に分けられる。
  ところで、公共の利害に関する事項について自由に評論、批判を行うことは、もとより、民主主義社会の基盤のひとつであって、表現の自由の行使として最大限尊重されるべきであり、その対象が公表された著作物である場合においては、右評論等により当該著作物の著者の社会的評価が低下することがあっても、その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、その前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、私生活の暴露や人身攻撃に及ぶなど評論等としての域を逸脱したものではない限り、いかにその評論等の用語や表現が激越、辛辣なものであっても、名誉侵害の不法行為の違法性を欠き、仮に真実の証明がなくとも、行為者において真実と信じるにつき相当の理由があるときは、故意又は過失を欠き、損害賠償責任を免れるものと解される(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一一八頁、最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決・民集四三巻一二号二二五二頁)。
  そして、他者の著作物の評論は、当該他者の著作物を対象とするものであるから、その評論に際して、当該他者の著作物の引用又は要約を伴うものであるが、その引用又は要約については、その著作物を当該著者名で搭載又は転載する場合と異なり、当該他者の同意を要しないのはもちろん、当該他者の著作物を逐一そのまま引用することを要するものではなく、評論者が、その評論に必要であると判断する限りにおいて、その一部を引用又は要約することも許されるところ、その一部引用又は要約は、当該評論の判断を経由してされるものであるから、評論の対象となる著作物の著者の真意と一致しないこともあり得ることであるが、その正確性の判断は、第一次には、当該評論とともに、言論の自由の広場において、読者の判断に委ねられるものであり、それが、違法となるのは、評論者が、評論の対象となる著作物の著者の人身攻撃などのために、原文の意味、趣旨と明らかに異にした引用又は要約をするなど、評論者として社会的に許容された範囲を逸脱したときに限られ、右引用又は要約が、その一部において原文と相違していても、全体として、主要な点においてその趣旨を伝えている場合には、真実性の証明があった場合と同様に、違法性が阻却されるものと解される。そして、一部引用又は要約が右の範囲を逸脱したか否かは、原文との相違の程度、評論者の評論の趣旨、目的、反論の機会の有無などを総合して判断すべきである。
三 本件評論部分の引用の内容
  前示一の事実、〈書証番号略〉によれば、次の事実が認められる。
1 本件著作部分は、別紙の「本件著作部分」記載のとおりであり、本件評論部分は、別紙の「本件評論部分」記載のとおりであるところ、本件著作部分には、本件評論部分からの引用の前に「愛国仏教会副会長で、日本にも来たことのあるティエン・ハオ師は、この事件について私たちの質問に答えて、「外国に逃げた仏教徒が歪曲した宣伝をしていますから、事実をよく知って下さい。焼身自殺などというものとは全く無縁の代物です」として、ハオ師が事件の現場調査をした結果を以下のように明らかにした。」とある(一七八頁二行目から五行目)が、本件評論部分には、これが記載されていない。
2 本件評論部分には、「この事件について、X記者は「焼身自殺などというものとは全く無縁の代物」、「堕落と退廃の結果」であるといっている。」とあること(六一頁中段八行目から一〇行目)、本件著作部分では「この事件は解放のあとで」から「発表したのでしょう」とある部分が一重括弧で囲われ、その次に、改行して「ティエン・ハオ師は以上のように語った。」とある(一七八頁四行目から七行目)のに、本件評論部分では右部分が二重括弧で囲われて、その次に、改行して「ティエン・ハオ師は以上のように語った。」とある(六二頁上段一七行目から中段一行目)こと、本件評論部分には、「しかし、何よりも問題なのは、X記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。」とあり(六一頁中段一九行目から末行目)、「誤るにも誤りかたがあるというもので、一二人の殉職を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言訳はできまい。」とある(六三頁中段一一行目から一四行目)ことは、それのみを見ると、原告が本件著作部分を自らの調査結果として記述し、ハオ師の語ったのは、右の二重括弧部分のみであるようにも読める。
3 本件評論部分には、「(この日付は一九七七年のこととなり、外電ともテープの証言ともずれている)」(六一頁中段一三行目から下段一行目)「(僧侶と尼僧の数がテープと少し異なるが、同じ出来事について書いていることは間違いがない)」(六一頁下段五行目から七行目)とあるが、これらは、本件著作部分には存しない。
4 本件著作部分には、「薬師禅院」の次に「(ズクスティエンヴィエン)」(一七七頁六、七行目)、「焼け死んだ。」の次に「この中にいたフエ・ヒエン師という三二歳の男が事件の首謀者である。」(一七七頁七、八行目)、「バクリュウ省」の次に「(現在ミンハイ州)」(一七七頁九行目)が、「針」「灸」に「はり」「きゅう」とする振り仮名(一七七頁一一行目)が、「ホンヴァン郡にいた僧で」の次に読点(一七七頁九行目)が存するが、本件評論部分にはこれらが存しない。
5 他方、本件評論部分の大部分は、本件著作部分の原文をそのまま引用したものである上、本件評論部分には、本件著作部分がハオ師が語ったことを伝達したものであることを窺わせる次の記述が存する。
(一) 「比較のためにその部分を引いてみよう。」として、改行の上、引用部分を一重括弧で区分した上、その最後に「ティエン・ハオ師は以上のように語った。」とされていること(六一頁中段一一行目から六二頁中段二行目)、
(二) 「真実の探究」の表題の冒頭に、「X記者の紹介する話」とされていること(六二頁中段九行目)、
(三) 「政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしている」とされていること(六二頁下段一二行目から一三行目)、
(四) 「X記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。」とされていること(六二頁下段一四行目から一六行目)、
四 前示二、三の判断を基に本件評論部分の引用の適否を判断する。
1 まず、三1、3、4について判断するに、本件評論部分には、1の記載はないが、本件評論部分の大部分は、本件著作部分そのままの引用であって、しかも、5(一)ないし(四)のとおり、本件評論部分には、本件事件の報告が原告自らの調査結果でないことを指摘し、これを評論の対象としているのであるから、右の部分が引用されていないからといって、通常の読者が本件著作部分の意味を誤るものとはいえない。また、3については、
それが、本件記事に係る被告Y2の注書を示すものであることは、記載自体によって、明らかであり、4については、本件評論の論点と関係が薄いものとして省略されたにすぎず、三1、3、4の点は、何ら違法ではない。
2 次に三2について判断するに、本件評論部分において、「この事件について、X記者、「焼身自殺などというものとは全く無縁の代物」、「堕落と退廃の結果」であるといっている。」とある部分、及び「何よりも問題なのは、X記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。」とあるのは、原告が取材の制限のままベトナム当局にくみする団体の調査結果を伝えたことの執筆姿勢に対する批判、論評にとどまらず、あたかも、原告がそう言っているというようにも読める。また、本件著作部分には「焼身自殺などというものとは全く無縁の代物」、「堕落と退廃の結果」という記載自体はなく、ハオ師の言ったこととして「焼身自殺などとは全く無縁の代物です」(一七七頁四行目から五行目)、ヒエンは、「思想的に堕落・退廃していたため、寺の中で多くの尼さんと関係を持つようになり、」(一七七頁一二行目、一三行目)とあるのみである。また、本件評論部分の括弧、二重括弧の付け方が原文である本件著作部分と異なり、そのため「ティエン・ハオ師は以上のように語った。」とある対象がやや不明確になっている。
3 ところで、被告らは、三2の記述について、原告がハオ師が発表した愛国仏教会の調査結果に原告も同意見であるとの認識の下に記載されたものであると主張し、被告Y2本人尋問の結果もこれに沿うものであるが、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件著作物において、ベトナムでの取材について、取材の自由が確保されていないことを指摘し、本件事件についても、いわゆる「発表モノ」であって、原告自身の「直接的ルポとするわけにゆかない」(〈書証番号略〉)としているのであるから、これを原告が「いっている」とか「断定している」と表現するのは、不正確であり、やや軽率であったというべきである。
  しかしながら、〈書証番号略〉及び被告Y2本人尋問の結果によれば、
(一) 本件評論部分には、本件事件の真実がベトナム戦争後の新政権の宗教政策に抗議するための焼身自殺であるとの被告Y2の認識(その認識の根拠については、五に判断する。)を基に、本件著作部分における無理心中とする見解を批判し、それをそのまま伝えた原告の執筆姿勢を評論のテーマとしたものであり、無理心中とする見解が原告の直接の調査結果であるとして、これを批判しているのではないこと、
(二) 本件評論部分において、本件著作部分の無理心中とする見解が原告の直接の調査結果でないことは、前示三、5(一)ないし(四)の記載上も明らかにされている上、ハオ師の言葉の引用句の括弧書は、本件著作部分を全体を括弧で引用したため、原文の括弧部分が二重括弧にされたに過ぎず、右の5(一)ないし(四)の記載を併せて読めば、通常の読者がこれを原告の直接の調査結果であると読み誤ることはないこと、
(三) 被告Y2が、「原告」が「いっている」とか「断定している」とかの前示の記載をしたのは、同本人尋問の結果によれば、本件著作物において、「前章に出てくるファム・ヴァム・コー(フエ・ヒエン師)の事件とはどういうことであろうか。」と原告の問題提起をした上、「この『ティンサン』紙の報道より二〇日ほど前に、私たちは愛国仏教会とのインタビューでこの件について詳しくきいていた。愛国仏教会は愛国知識人と同様に、革命政権に協力するための仏教界での組織であって、これまでに仏教界の一七派が加わっている。」(一七六頁)、「ハオ師自身が事件の現場調査をした結果を以下のように明らかにした」(一七七頁)とし、無理心中とする見解の報道源の根拠を示していること、抗議自殺とする見解を「西側で宣伝された事件」(二六八頁)としているのに対し、無理心中とする見解を「サイゴン当局の調査」によるもの(二六八頁)と表現していること、及び「悪意ある反動側のベトナム攻撃、中傷」(二六九頁)という表現をしていることなどから、被告Y2は、ハオ師の発表した愛国仏教会の調査結果に原告が好意的であるとの認識を持ったことによることが認められ、本件著作物の右表現に、新聞記者が、事実の存否・内容を根拠付ける情報を伝える場合には、その情報が虚偽又は無価値であると判断した場合には、これを伝えないのが通例であることを考慮すると、被告Y2が前示の判断をしたことは是認できないものでもないこと、
(四) 本件評論部分において本件著作部分の出典及び掲載頁が、「『ベトナムはどうなっているのか?』(百七十七ー七十八頁)」として正確に記載されており、通常の読者は、その引用の正確性を確認できる上、弁論の全趣旨によれば、原告は、本件評論部分に対し、マスメディアを通じて反論する機会を有しており、現にしていること、以上のとおり認められる。
  右事実及び前示第二、一の本件評論執筆の経緯によると、本件評論は、ベトナム戦争後の新政権の下で大量の難民が国外に脱出した情勢を踏まえ、我が国におけるベトナム関係の論説及び報道等を批判したものであって、本件評論部分はその一環として、本件事件を無理心中とする見解に疑問を呈するとともに、原告の執筆姿勢を批判したものであり、その対象が公共の利害に関する事項であることが明らかであって、また、本件評論部分における本件著作部分の引用には、原文と若干異なり、正確を欠く部分があるが、引用された文言のほとんどが原文のままであり、その評論の趣旨から見て、原文の要点を外したものとはいえず、しかも、被告Y2の引用、要約に根拠がないものとはいえないこと、及び原告の反論の機会等を考慮すると、右引用、要約の正確性は、言論の自由な広場においての読者の判断に委ねられるものであって、右引用、要約をもって、評論者として社会的に許容された範囲を逸脱したものとはいえず、その内容に真実性の証明があったと同様に、右引用、要約は違法とはいえない。
4 原告は、著作権法二〇条、三二条一項、一一三条三項を引用して、原告の著作者人格権の侵害になる旨の主張もしているが、著作権法による著作者人格権も、表現の自由との調和の中に理解されるべきものであり、評論者に許容された範囲の引用は、著作者の同意を得ないでもなしうるものであり、その引用が違法とはいえないことは、前示のとおりであるから、右主張は、失当である。
五 本件評論部分における評論内容の適否について判断する。
  本件評論部分は、前示のとおりの引用の上、本件著作部分について前示のとおりの非難を加えている。その内容中には「X記者の紹介する話はいかにもインチキ臭いではないか。」、「「スパイ活動していた」「寺の中で多くの尼さんと関係していた」「合計二六人を妻にしていた」「宴会」「麻薬と睡眠薬」といった小道具からしていかがわしい。「大衆の支持を次第に失い、お布施がなくなって米も買えずお粥を食べなければならなくなっていた」僧侶が「麻薬と睡眠薬」を用いて六時間に及ぶセックス・パーティに興じていたというのである。しかし何より問題なのは、X記者がこの重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書いていることである。」、「カントーの事件でもX記者は現場に行かず、行けずに、この十二人の僧尼の運命について政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしているのである。もちろん逃げ道は用意されている。X記者はこの部分をすべて伝聞で書いている。彼自身のコメントはいっさい避けている。なんともなげやりな書き方ではないか。」,「あのX記者はどこに行ってしまったのだろうか。アラスカとニューギニアにつづいてベトナムでもX記者は「足で書く」記者であったはずである。もちろん『戦場の村』の内容や方法については批判は多い。しかしX氏は現場に行って事実を確かめたうえで「自分はこう思う。」と自己を守ることができた。しかしグエン・バン・チュー政権への抗議は美化しても、共産ベトナムへの抗議は評価しないというなら、また取材の自由がないところでは確かめようがないから何でも書くことができると考えているのであれば、これは報道記者としての堕落である。いまX記者を「ハノイのスピーカー」と呼ぶ人がいるのも非難ばかりはできない。」、「私はX氏が記者としての性根をすえて真実を探究しなければならないと思っている。誤りは人のつねといっても、誤るにも誤りかたがあるというもので、十二人の殉教を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言訳はできまい。X記者は筆を折るべきである。」などの記述があることは当事者間に争いがなく、右記述が原告の社会的評価を低下せしめるものであることは明らかである。
  そして、本件評論部分が、公共の利害に関するものであることは、前示四のとおりであるから、右の記述についての根拠・相当性について判断する。 
1 前示第二、一の事実、〈書証番号略〉、検証の結果(平成二年一二月四日実施分)、被告Y2本人尋問の結果によれば、被告Y2が本件評論部分を執筆した根拠につき、次の事実が認められる。
(一) 被告Y2が、本件著作部分を執筆する直接の契機になったのは、昭和五三年九月二六日にアメリカ合衆国ロスアンゼルスにおいて、マン・ジャック師に会い、同人から本件事件について、説明を受け、Y2テープを入手したことにある。マン・ジャック師の説明によると、焼身自殺をする僧侶、尼僧らが、その直前に最後の勤行をし、自殺する理由を述べたが、右テープは、その様子を付近の村人が録音したものである、とのことであった。
(二) 被告Y2は、日本に帰国後、Y2テープをベトナム留学生に翻訳させるなどして検討を加えた。このテープの翻訳によると、テープには、「仏法を守るため、僧尼の名誉を守るため、そして三宝を守るために焼身自殺を決意しました。」「南ベトナム共和国臨時革命政府と南ベトナム開放民族戦線に対して、宗教の自由を正しく尊重するように心から呼びかけます。」などと本件事件がベトナム戦争後のベトナムにおける宗教政策に対する焼身自殺であることを示す発言があり、その最後に一二人の名前を読み上げる部分があった。被告Y2は、右テープの存在に加え、「二六人を妻にしていた。」など本件著作部分に引用されている話自体にも記載自体信じ難いものがあると感じ、本件事件が、既に朝日新聞で報じられていたとおりの宗教弾圧に対する集団焼身自殺であると信じた。
(三) 被告Y2は、Y2テープの内容を公表し、本件事件の真相が「焼身自殺」か「無理心中」かについて論争を挑むつもりで本件評論部分を執筆し、本件評論部分の最後の見出しを「真実の探究」とし、「もしこれが本当に“セックス・スキャンダル”であったというのであれば、私はX氏に詫びたうえで、ベトナムについての考え方を改めたい。」と記述した。また、被告Y2は、原告が自らの調査結果に基づき、「足で書く」記者として、社会的に高い評価を得ていたのに、本件著作物においては、ベトナム当局の情報をそのまま伝達したに過ぎないその執筆姿勢を批判した。
2 本件評論部分の原告に対する批判は、本件著作部分に係る原告の執筆姿勢及びその取材内容の信憑性に関わるものであるところ、本件著作部分の無理心中であるとの見解がベトナム当局からの言い分をそのまま記事にしたものであることは、原告本人尋問の結果において、原告自身自認するところであり、〈書証番号略〉の記述自体によっても明らかである。また、その取材内容の信憑性については、被告Y2が、その信憑性を疑ったことには、前示のとおりの根拠があり、特に、マン・ジャック師との会見の結果及びY2テープの存在は、本件事件を焼身自殺とする相当な資料であるということができ、被告Y2が、これを信じ、本件記事内容の信憑性を疑ったことは、相当な根拠があったものというべく、右記述については、違法性を欠くものというべきである。
  原告は、Y2テープが一聞して不自然に編集し直されているとし、原告がマン・ジャック師から入手したとする録音テープ(以下「Xテープ」という。)を提出したところ、〈書証番号略〉、検証の結果(平成二年一〇月二日実施分及び同年一二月四日実施分)によれば、原告は、本訴提起後である昭和六二年八月ころマン・ジャック師に手紙を出し、本件事件の真相を知るために必要であるとして、マン・ジャック師保管の録音テープの送付を求め、同人から、昭和六二年一一月ころ、Xテープの送付を受けたこと、当時、マン・ジャック師の下には、本件事件に関する複数のテープがあり、原告に送付したものは、被告Y2に送付したものとは異なるものをコピーしたものであったことが認められるが、被告Y2が本件評論執筆当時Xテープの存在(複数のテープの存在)を知っていたとは、認められない上、Xテープの存在によっても、Y2テープの信憑性を左右するものではない。また、検証の結果(平成二年一二月四日実施分)によれば、Y2テープには、録音の中断、再開に際して、生じたと思われる機械音が録音されており、右テープに係る録音が連続してなされたものでないことが認められるが、これによっても、右テープが改ざん又は恣意的に編集し直されたことをうかがわせるものとはいえず、未だY2テープの信憑性を左右するものではなく、他に被告Y2が本件評論部分を執筆した根拠については前示判断を覆すに足りる証拠はない。
  次に、被告Y2は、本件評論において、本件事件についての被告Y2の前示の事実認識を前提とし、原告が事実の確認をしないまま、できないまま、これを公表したという執筆姿勢を非難している。その論拠は、被告Y2本人尋問の結果によれば、原告が事実調査を積み上げた上で、すなわち、自らの「足で書く」記者として高い評価を得ていたという被告Y2の認識の下に、また、報道記事について「事実かどうか判らぬものを活字にするなどといったことが許されるはずはない。」との被告Y2の見解を前提とし、本件著作部分がかかる事実の確認のないまま、できないまま報道記事として公表したことを批判したことが認められるが、本件著作部分が愛国仏教会というべトナムの当局者であるハオ師の発表をそのまま記述したものであることは、前示のとおりであり、また、被告Y2が原告の業績についての評価を右のごときものとし理解することには、それなりの根拠があったことは、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によって是認でき、右のごとき根拠がある以上、被告Y2が前示の自己の見解に基づいて、本件著作部分に係る原告の執筆態度を批判することは、評論者の言論の自由の範囲にあるものとして、許されるものというべきである。

 もっとも、本件評論部分の中には、「インチキ臭い」、「なげやりな書き方」、「ハノイのスピーカー」、「報道記者としての堕落」、「X記者は筆を折るべきである。」などのかなり激烈な表現が用いられ、やや措辞適切を欠くきらいはあるが、これらは、「もしこれが本当に“セックス・スキャンダル”であったというのであれば、私はX氏に詫びたうえで、ベトナムについての考え方を改めたい。」との前示記述と相まって、本件評論部分の評論のテーマである取材内容の信憑性又は執筆姿勢を疑うことを表す比喩的又は挑戦的な表現として用いられているのであり、右の評論内容に前示のとおり相当な根拠がある以上、その表現方法に若干適切でない部分があっても、右が原告に対する人身攻撃にわたるなど、評論における許容限度を逸脱した表現とは認められず、これをもって違法とすべきではない。
3 原告は、Y2テープの信憑性を争い、薄弱な根拠でもって原告の著作物を批判している旨の主張をしているが、Y2テープの入手過程は、前示のとおりであって、被告Y2が本件評論を執筆した当時において、この信憑性を疑うべき何らの事情もなかったのであるから、被告Y2がこれを信じたことを咎めるべきではない。
4 したがって、本件評論部分が違法であることを理由とする損害賠償請求及び謝罪広告の請求は、いずれも理由がない。なお、原告は、被告Y1については、原告と被告文春との間の反論文掲載契約の侵害の違法をも主張するかのごとくであるが、〈書証番号略〉、原告及び被告Y1各本人尋問の結果によれば、被告文春において、「諸君!」への掲載の許否は編集長の判断に委ねられていたこと、被告Y1が本件評論が「諸君!」に掲載された後である昭和五六年六月号から「諸君!」の編集長の地位にあったこと、「諸君!」の編集部の投書欄担当者が原告に対し「あきれた先生」と題する投書について同年四月二七日ころ「次号(七月号)に掲載する予定」との回答をしたこと、被告Y1が右投書を掲載しないとの決定をし、同年六月一八日ころ原告にその旨の回答をしたことが、認められるが、右の経過によっても、原告と被告文春間に反論文掲載契約が締結されたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は失当である。
第三 反論文掲載請求権についての判断
  原告は、本訴において、損害賠償、謝罪広告のみでなく、別紙の反論文を月刊雑誌「諸君!」に掲載することを求めている。原告は、その主張の論拠として、民法七二三条、著作権法一一二条、一一三条を主張しているので判断する。
一 反論文掲載請求が許されるか否かは、これを許される要件及びその効果に関係する。原告が反論文掲載権の内容、要件について、「新聞紙等の記事に取上げられた者が、当該新聞紙等を発行する者に対し、右記事に対する自己の反論文を当該新聞紙等に無修正かつ無料で求めることはできる。」とするのは、これを許す立法を欠く我が国の法制上認められる余地はない(最高裁昭六二年四月二四日第二小法廷判決・民集四一巻三号四九〇頁)
。また、著作権法一一二条、一一三条は、著作者人格権等を侵害する者に対し、侵害の停止を求めることができることを定めており、この差止請求権を実行あらしめるため侵害物の回収等の作為を請求しうる場合もあるが、反論文の掲載は、このような差止請求を実行あらしめる措置とは性質を異にするものであって、著作権の右規定が反論文掲載請求権を認めているとは解されない。
二 しかし、民法七二三条は、名誉侵害の不法行為については、「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分」を命じ得ることを認め、また、著作権法一一五条は、故意又は過失により著作者人格権を侵害した場合に、「著作物であることを確保し、又は訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置を要求できる。」ことを認めている。右の処分又は措置としては、通常は、謝罪広告又は謝罪文の交付であるが、これに代えて又はこれと共に、反論文を掲載するが有効、適切である場合には、反論文掲載請求が許容されることもありうると考えられる。しかし、そのためには、その前提として、名誉侵害行為が、民法上の不法行為に当たることを前提とする(前掲最高裁昭和六二年四月二四日第二小法廷判決)ところ、本件評論部分が違法性を欠くものであり、したがって、民法上の不法行為ともみられないことは、前示第二に説示したとおりである。したがって、その余の点について判断するまでもなく、反論文掲載請求は、失当である(証人筑紫哲也の証言によれば、他人の論稿を対象とする雑誌記事について、その対象とされた論者から反論文の掲載要求がなされ、これに応じた例がかなりあることが認められ、これが言論の自由の広場の観点から望ましいマスメディアの在り方であるとはいい得るが、そのことが、かかる権利を裁判上の請求権として認める根拠足りうるものではない。)。
第四 結び
  以上の次第であって、原告の本訴請求は、いずれも理由がなく、失当であるから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 筧康生 裁判官 深見敏正 裁判官 寺本昌広は、差し支えのため、署名、押印をすることができない。裁判長裁判官 筧康生)

別紙 原告の主張
第一章 本件訴訟の意義と法的構造
第一 本件訴訟の意義ー原告はなぜ本件訴訟を提起したか
一 民主主義社会における表現の自由
1 表現行為の意味
  表現の自由が、現代社会において、もっとも重要な基本的人権のひとつであることについては、日本国憲法二一条の規定をまつまでもなく異論のないところであろう。
  他の動物から人間を分つ定義として、これまでにさまざまな言い方がなされてきたたが、「自己を表現する手段をもつ」ことも人間の大きな特徴といえよう。もっとも音声言語がそうであるように、人間の場合は他の動物よりもその手段が特別に発達しているということであって、他の動物は表現行為がゼロだというわけではない。しかしたとえば言葉を奪われた人(聾唖者)が言葉を使わずに別の手段で自己を表現するようなことは人間以外にはほとんどできず、表現行為なしには人間は生きることさえできないであろう。生存のよりどころを精神の安定におく部分が他の動物より圧倒的に強い人間にとって、表現行為の極端な制限は生存の根幹をおびやかす脅威ともなりうる。
  しかしながら、古代奴隷制社会に典型をみるように、「表現の自由」を一定のワク内に閉じ込められた多数の不平等な人口をかかえる社会では、そのワクを踏み出しさえしなければ最低限の生存はできた。それはしかし、「人間の特徴」を欠いた存在としてであり、もはや『動物農場』(ジョージ・オーウェル)の世界でしかない。古代ギリシャで表現の自由を謳歌したギリシャ人たちは、表現行為を奪われた多数の奴隷の上に存在していたのであって、これも一種の『動物農場』的社会であった。
  人類の歴史がすべて進歩の過程だったとはいえないにしても、現代になるにつれて表現行為を公的生得的にきびしく制限された階層が減少してきた点に関しては、ひとつの進歩だったということができよう。すなわち、少なくとも「現代の国家」といいうるためには、人間の特性としての表現行為が制限されるような社会であってはならない。
2 表現の自由について
  個人と組織とを問わず、また形式やメディアを問わず、「表現の自由」は民主主義社会・自由社会が健全に機能するための核心ともいえる重大な要素である。表現の自由が存在せぬ典型的な社会は、古代以降では封建社会に、現代ではファシズム国家にみられるように、最終的には大量虐殺などのおそるべき結果をもたらすことになってゆく。したがって現代国家においては、表現行為が自由におこなわれているかどうかが健全な社会あるいは民主主義社会かどうかの指標となっているのである。表現の自由にかげりが出てくるとき、それは民主主義社会・自由社会の崩壊する予兆であり、警鐘ともみることができよう。
  しかしながら、表現の自由が失われるということは、その社会のすべての人々に表現の自由がなくなるということではない。権力者または権力側に立つ人々の表現の自由だけが異常に肥大し、支配される側や反対制側ー結局は一般大衆にそれが一方通行で伝わるだけの状況を意味する。最近の歴史ではヒトラー政権下のドイツやポルポト政権下のカンボジアにその極端な実例をみることができる。どのように立派な政権であろうと、理想的にみえる政治形態であろうと、腐敗や誤謬の可能性が皆無ということがありえない以上、それを批判するための表現の自由が常に保たれる保障が機能していなければならない。
3 報道の種類・方法
(一) ところで、報道とは情報の伝達をいうが、いわゆるニュースの報道は新井直之教授が指摘するように、「多くの場合、人から取材することから始まる。言いかえれば、取材とはすなわち人にインタビューすることであることが多い」のである(〈書証番号略〉ー新井直之『意見書』。以下、単に「新井意見書」という。)。
  しかもニュースのほとんどが『予定することができないニュース』(たとえば、交通事故のような事故)などであるため、記者は、おおむね当事者などに取材ーたとえば事故が発生したような場合、目撃者などにインタビューするという方法で取材するーことになるのである。このようにニュースを取材するためのインタビューは「ニュースインタビュー」と呼ばれる(新井意見書)。
  本件著作物におけるティエン・ハオ師との会見は、この「ニュースインタビュー」に属する。この「ニュースインタビュー」は、後の項で詳しく述べるいわゆる「発表モノ」と同旨である。
(二) 「ニュースインタビュー」は、出来事について知るために、当事者や関係者に直接会って話を聞くことである。しかし、
  「インタビューの内容は、必ずしも事実を正確に語っているかどうかは保証され得ない。そのため記者は取材にあたって、できるかぎり多くの当事者や関係者にインタビューして、それらの談話や会見の内容を付き合わせることによって、事実に接近する努力が要請されるのである。
  しかし、報道という行為は、他の文章を書く行為と違って、常に締め切りを持つという特徴がある。締め切り時刻に遅れれば、その報道は一切の価値を失うことが多い。そのため報道における取材は、常に時間的制限の中で行われなければならない。あるいは、刑事事件の被疑者のように、当事者との面接が許されず、不満足ながら一方的な取材だけで記事化しなければならないこともある。次から次へと取材が相次ぐために、やむを得ず取材を不完全なまま打ち切らなければならないこともあり得る。できるかぎり多くの当事者関係者に取材すべきであっても、それが不可能である場合が少なくないのである。それらの場合、記者はやむを得ず、当事者ないしは関係者の談話を正確に引用するだけに止め、その談話内容が『事実である』とは断定しない。判断を留保するわけである」(新井意見書)

(三) 要するに、正確な事実関係が不明の場合でも、問題の性格によっては関係者の発表をそのまま報道することがある。
  このような場合、記者報道者の見解が加えられていないことが明らかになるように配慮しなければならないのは当然であるが、これが記者報道者の見解でないことは、ジャーナリズムの初歩的な常識である。
  「新井意見書」が、「インタビュー対象の談話をそのまま報道すること(が)、すなわちその談話内容が記者の意見なのである、とされるならば、今後ジャーナリズムにおいて、一切のインタビュー報道が不可能になる。談話を伝えることはつまり記者が『自分でそう言いたいことを言ったのだ』とされるならば、談話を直接的にせよ間接的にせよ、報道することが今後全くできなくなる」というゆえんである。
4 批判の自由と責任について
(一) 表現の自由が以上のようなものであれば、その「自由」と「責任」がタテの両面として不可分のものであることも明白である。「自由」の一面だけでいうならば、批判には限界もなければ制限もなく、いかに鋭くかつ徹底的に追及することも自由でなければならない。だがそれに必然的かつ不可分にともなう責任として、批判の基礎たる事実関係は正確でなければならず、いわんや改竄や歪曲・捏造は絶対に許されない。誤った事実や捏造による冤罪への死刑判決などが許されないのと同次元の、むしろきわめて単純明白な原則である。したがってこのような責任をもたず、表現の自由の原則を逸脱した「批判」はもはや批判ではありえず、詐欺・強盗の類と全く変わらぬ単なる破廉恥な違法行為にすぎなくなる。ただ、これがマスメディアを場として行われた場合は、そのような言論上の違法行為の被害救済策として、同じメディア等での訂正なり反論なりが、今日の民主主義社会におけるジャーナリズムではほぼ確立している。改竄や捏造は別にして、時間的制約や過失による誤解・誤引用が避け難いジャーナリズムでは、長い試行錯誤の歴史をへてその救済策がようやく現在の水準にまで達したのである。「新井意見書」などにみられるように、このような原則は欧米先進国では日本よりはるかにきびしく、改竄などによる名誉毀損に対しては莫大な損害賠償金の支払を命じた判決がめずらしくない。
  以上のように見てくるならば、マスメディアの場で改竄をもとにして非難中傷が勝手気ままに行われ、それに対する被害者の救済策が講じられない場合、すなわち訂正なり反論なりがメディアによって一切拒否されるという事態がいかに重大な意味を持つかは容易に理解されよう。それは表現の自由を核とし生命ともする民主主義社会への挑戦であり、何の誇張もなくファシズムへの道である。このように無責任な「ペンの暴力」は、肥大せぬうちにその挑戦を退けなければならない。さもなければ、脆弱な側面をもつ民主主義社会の息の根はいとも簡単に止まるであろう。
(二) さて、右に述べた批判の基礎たる事実関係は正確でなければならないという趣旨は、書かれた文章を引用するに際し、「原文を削ったり足したり歪めたりしてはならず、正確に引用しなければならないのはむろんのこと」、「文脈を歪めることなく、正確に引用しなければならない」ということにほかならない(新井意見書)。
  原告は、すでに一九八五年三月一二日付け準備書面において、立花隆氏の表現を用いて、「引用の条件」をあげたが、ここに再述すると、「引用の条件」とは、「(1)引用の仕方において正しい引用であること (2)引用された内容が客観的に正しいこと (3)その引用が論理的に正しく論証の一部を構成していること」をいう。同氏は、このような条件に違反したものを「イカサマ論法」であると揶揄するが、これは「人の発言をねじまげて引用して、人がいっていないことをいったことにして論理をすすめるたぐいの論法である」(〈書証番号略〉立花隆『ロッキード裁判を切る』朝日ジャーナル一九八四年一〇月一二日号ーこの「イカサマ論法」は、そっくりそのまま本件評論にあてはまるではないか)。
(三) 以上述べたように、「談話であれ文章であれ、引用は正確でなければ、ならないというのは、文章を書くものの基本であ」り、「永い年月にわたってジャーナリズムでは基本であった。誤引用は厳しくとがめられなければならない。もし誤引用が肯定されるならば、あらゆる報道は信のおけないものとなり、事実が不明確となり、談話者原文筆者の人格は傷つけられることになる」のである(新井意見書)。
  筑紫哲也氏も、その証言の中で、引用について同旨の見解を述べている(証人筑紫哲也証言調書一五丁以下)。
5 マスメディアに携わる者の責任
(一) 報道の自由は、批判の自由を含むものであるが、その批判の基礎たる事実関係が正確であることを前提にするものでなければならない。事実関係が不正確であるにとどまらず、原著作に対する改竄や歪曲・捏造に基づく「批判」が、新聞・雑誌・単行本・放送などのマスメディアを舞台になされたとき、その被害は甚大かつ深刻である。なぜならマスメディアは、広範かつ多数の読者等に情報を流布させることをその属性とするからである。この意味で、マスメディアには、その影響力にふさわしい責任があるというべきである。
  このように、「送り手」側のマスメディアにはきわめて強い影響力があるのであって、マスメディアの側に誤引用や前提事実の捏造があった場合には、仮にマスメディアに悪意がなかったとしても、それをもとに批判された者に取り返しのつかない被害を生じせしめることになるのである。マスメディアは、その基本的性格において「送り手」から「受け手」へという情報の一方通行性がつよいため、「送り手」側の意図が一方的に広範囲の公衆に伝えられる。マスメディアが情報の流布機能を独占し,市民にそうした手段が存しない条件の下では「送り手」側たるマスメディアの責任はきわめて大きいといわなければならない。
(二) 情報の流布機能を持たない市民が「批判」に名を藉りた非難攻撃をされた場合、「表現の自由」を認められていたとしても、これを伝達する手段がない以上、実質的には表現の自由が失われていることとなんらの違いもないことになるのである。 
  このような実態を背景として、「情報の受けて」として受動的な立場に置かれている一般市民に、実質的な表現の自由を取り戻せることは、その市民による反論によって可能になるのである。
  これが、いわゆる「アクセス権」である。後に詳述する反論権は、この「アクセス権」の中核をなす。
  とりわけ、事実誤認や改竄・歪曲をもとにした非難攻撃が行われた場合には、反論文の掲載は実質的な被害の回復という見地からみても特にその必要性は高い。
(三) 以上に述べたマスメディアの責任については、つまるところ、いわゆるマスメディアに携わる者に課される以下の義務を除外しては成り立ち得ない。
  すなわち、マスメディアに携わる者は、とりわけ、一方の表現の自由が他方の表現の自由を犯すおそれの有無についてきわめて慎重でなければならない。換言すれば、マスメディアに携わる者には、その伝える内容に改竄や捏造は勿論のこと、事実誤認のないよう細心の注意を払うことが要請され、もしその情報に事実誤認や改竄・捏造が存した場合には、直ちに訂正し、あるいは被害を受けた者からの反論に応じなければならない義務があるというべきなのである。その意味で、マスメディアに携わる者には、特別な責任と配慮が要求されるのである。
二 本件訴訟提起の意義
  いままで論じてきたところから、被告文春発行にかかる『諸君!』誌というマスメディアの場で、改竄をもとにして行われた誹謗攻撃に対し、原告の求めた訂正あるいは反論が被告文春、被告Y1らから一切拒否されたことの重大な意味は容易に理解されよう。それは、まぎれもなく表現の自由をその核とする民主主義社会への挑戦であり、右に述べたようにファシズムへの道の地ならしにほかならないのである。
  「新井意見書」が、「本件裁判の結果がジャーナリズムに及ぼす影響は極めて重要」と指摘するゆえんである。
  この項を終えるにあたって、原告が本法廷で冒頭に陳述した「私はこの裁判をなぜ重視するか」の結びの部分を改めてここに引用しておく。
  「ことは重大であっても単純です。いったいどうして、私が書いてもいないことをもとに私が中傷され」、それに対して「なぜ訂正も反論も不可能なのでしょうか。文春(『諸君!』)の読者が私について虚偽の情報を宣伝されたまま放置されても、なぜ私はそれをただすことができないのでしょうか。」
  本件訴訟は、このように民主主義社会を守るか否定するのかという根源的な意味を背景とするのである。
第二 本件訴訟の法的構造
  本件訴訟における原告の主張の法的要点は次のとおりである。
一 当事者
1 原告
  原告は、朝日新聞の記者であり、現在同社の編集委員の職にあるものである。原告は本件著作物を執筆刊行した。原告は本件著作物の一七六頁以下で、本件事件につき、愛国仏教副会長ハオ師が共同記者会見で語った内容を原告の見解を混えない報道として紹介した。
2 被告
(一) 被告Y2は、被告文春発行月刊雑誌『諸君!』一九八一年五月号に本件評論を執筆掲載した。本件評論の中では、本件著作物に対し、非難、中傷を加え原告の名誉を傷つけた。
(二) 被告(株)文春は、被告Y2の本件評論を掲載した雑誌『諸君!』の発行会社である。
(三) 被告Y3は、被告文春の社員で、一九八一年三月まで右雑誌の編集・発行人の地位にあったものである。本件評論は、被告Y3が編集・発行人であった時期に企画・編集・発行されたもので、編集掲載された本件評論について、その内容について責任を負う立場にあった者である。
(四) 被告Y1は、被告文春の社員であり、一九八一年四月から被告Y3を引き継いで右雑誌の編集・発行人となった。一九八六年六月までその地位にあり、この間本件評論をめぐる反論文の掲載などについて原告と折衝してきた。その過程で、右雑誌上に本件評論に対する原告の反論文を掲載することが既に、右雑誌の編集部を通じて被告文春との間で約束されていた。この約束は、違法な本件評論の掲載により、原告が取得した本件評論に対する反論文掲載請求権(反論権)行使を承諾した意味を有するものであったが、被告Y1は原告の右反論権行使を妨害したものである。
二 被告らの違法行為の概略
  被告らの原告に対する違法行為の態様、内容については、それぞれの箇所で評論するが、概略的にこれを明らかにする。
1 被告Y2の違法行為
  被告Y2は、原告が本件著作物の中で、「発表もの」として記述した文章を、本件評論において原告の見解であるとし原告を非難、中傷した。
(一) 民法七〇九条該当性
  原告は、1 本件著作物において、本件事件に付き、ハオ師が語った内容を原告の見解(判断)を混えない報道(発表もの)として紹介した。2 ところが被告Y2は、右報道を原告の見解だとする架空の事実を作出し、この事実を前提に原告を非難、中傷した。3 非難、中傷は被告Y2本件事件の認識が正しく「この重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに断定して書いて」おり、「これは報道記者としての堕落で」あり「誤るにも誤り方があるというもので一二人の殉教者を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言い訳できまい。X記者は筆を折るべきである」などというもので、評論、批判の範囲を逸脱し、最大限の悪罵(非難、中傷)を弄しているのである。
  更に、この非難、中傷は被告Y2が入手したとする本件事件の録音テープに基づいている。しかしながら同被告は、この録音テープの真偽を確かめないまま(一聞しただけでテープが不自然に編集され直している疑いがあることが歴然としているにもかかわらず)これをうのみにして、原告への非難中傷の根拠としているのである。被告Y2のこのような行為は原告のジャーナリストとしての地位、声望の失墜を意図した誠に許容しがたいものである。
  被告Y2の右行為は、原告の名誉を著しく毀損するものであるから民法七〇九条以下の責任を免れない。
(二) 著作者人格権の侵害
  著作権法三二条一項は「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲で行われるのでなければならない」と定め、同法二〇条は著作者の著作物に対する同一性保持権として「その意に反してこれらの変更、切除その他の改編を受けない。」ことを保障している。本件評論は、原告の本件著作物に対して有する同一生保特権を損うものであり、著作者人格権を侵害するものである。
  また、同法一一三条三項は「著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を引用する行為は、その著作者人格権を害するものとみなす」と規定する。被告Y2の本件評論は「批評……その他の引用の目的上正当な範囲」を逸脱していることは前述の内容から明らかであるから、原告の著作者人格権を侵害する違法行為である。
2 被告Y3の違法行為
  被告Y3は、雑誌『諸君!』の編集・発行人として、編集及びその発行について責任を負う立場にある。同被告はその立場において、被告Y2の本件評論の掲載を企画実施したものである。企画、編集者として、本件評論の内容を知りもしくは知り得る立場にあった被告Y3としては、本件評論の本件著作物にかかわる部分の掲載を中止すべきであったにもかかわらず、これをしなかったばかりか、その内容を知りながら敢えてこれを掲載したものである。したがって、被告Y2と共同して民法上の不法行為責任及び著作権法上の著作者人格権の侵害としての違法行為責任を免れることはできない。
3 被告Y1の違法行為
  被告Y1は本件評論の企画掲載については関与していなかった。しかし、一九八一年四月以降『諸君!』の編集発行責任者となった。
  ところで、原告は被告Y2らの違法行為により被告文春に対して本件評論に対する反論文掲載請求権(反論権)を有するに至り、かつ、被告会社は同雑誌に原告の投稿文の掲載を約束していた。しかるに、被告Y1は同雑誌の編集発行責任者としての地位を利用し、原告の被告会社に対する反論権の行使を妨害した。そのため原告は反論権行使によって回復さるべき名誉権などが侵害状態に置かれている。被告Y1のかかる行為は、原告の被告会社に対する反論権たる債権の侵害行為であるから民法上の不法行為(七〇九条)を構成する。
4 被告文春の違法行為
  被告文春、本件評論掲載誌である月刊誌『諸君!』を発行しており、被告Y3・同Y1の使用者である。被告会社は違法な本件評論掲載誌の発行社としてその責任を免れることはできない。また、被告Y3、同Y1の使用者としての、さらに被告Y2とは共同不法行為者としての責任を負わなければならない(民法七〇九条、七一五条、七一九条)。右と併せて被告Y2と共同して著作権法上の著作者人格権侵害の責任を負わなければならない(著作権法三二条、二〇条、及び同法一一三条三項)。
三 被告らの法律上の責任
1 被告文春の月刊誌『諸君!』への反論文掲載義務の存在
(一) 反論文掲載請求権(反論権)の根拠
  他人の違法行為によって名誉、人格上の権利を侵された場合、これを回復する措置を加害者に対して請求できることは現代法における普遍的原則である。雑誌、新聞など特定のマスメディアが、掲載した評論、論文などにより他人の権利を侵害したとき、被害者の救済としては損害賠償、謝罪文の請求ができることは当然であるが、名誉、人格上の侵害に対しては、当該評論、論文などの掲載誌を通じて反論する権利を保障することが効果的な手段のひとつとなる。なぜなら、特定の雑誌などに掲載された違法な評論などから読者が受けた影響を消去をするためには、同一雑誌に被害者が反論文を掲載することによってある程度可能だからである。これによって回復される名誉、人格上の利益は損害賠償や謝罪以上に大きい。そのために保障された権利が反論権である。反論権は違法な評論などを掲載した雑誌などの発行社に対する権利であり、民法、著作権法により認められた実定法上の権利である。
(二) 原告の被告会社に対する月刊誌『諸君!』上での反論権の存在
(1) 民法七二三条を根拠とする請求民法七二三条は名誉毀損行為に対し「名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命ズル」ことができる旨定めている。一般には謝罪文が考えられるが、謝罪文は加害者が被害者に対してなすものであり、十分意を尽くすことができず一定の限界がある。謝罪文のみでは不十分な場合、本件のような反論文の掲載によって「名誉ヲ回復」することができる。同法条は広く適当な処分を命ずることができると定めているから、この規定は反論権の根拠となる。原告の反論文請求の根拠のひとつは本条を根拠とするものである。本条による反論文の掲載を選択した場合に、裁判所はこれを認めるべきである。
(2) 著作権法一一五条を根拠とする請求 同条は「著作者は……著作者人格権を侵害したものに対し……著作者であることを確保し、または訂正その他著作者の名誉もしくは声望を回復するために適当な措置を請求することができる。」と規定する。本条は被害者に対し反論権を含む被害の回復措置を保障した規定であると解される。
(3) 原告は、被告文春に対し、民法七二三条、著作権法一一五条にもとづいて侵害された原告の名誉、著作者人格権を回復するために必要な反論文を不法行為誌である『諸君!』に掲載する権利を有する。民法、著作権法上の請求権を並列的に請求するものである。

(三) 反論文の内容
  原告が請求する反論文は、侵害された原告の名誉、著作者人格権の回復に必要な被告Y2の違法な本件評論を正すための反論文でその内容は別紙のとおりである。
2 月刊誌『諸君!』誌上への謝罪文の掲載
  謝罪文の請求は被告ら全員に対して請求するものであり、被告文春及び被告Y2、同Y3に対するものと被告文春、被告Y1に対するものでは不法行為の内容が異なるのでそれぞれ別の内容となる。
(一) 謝罪文掲載の根拠 被告文春、被告Y2、同Y3関係
(1) 民法七二三条を根拠とする請求同条は名誉回復のための適当な処分を命ずることができる旨定めており、この処分が謝罪文を含むことは争いがない。謝罪文は、違法な本件評論を掲載した被告文春の月刊誌『諸君!』誌上に掲載されるのが最も適切である。ほぼ同じ層の読者にその内容が伝達されるからである。
(2) 著作権法一一五条を根拠とする請求 同条は著作者人格権の内容たる名誉もしくは声望の回復のため適当な措置を採る権利を被害者に保障している。謝罪文の掲載はその最も普遍的な手段である。よってこれが掲載を月刊誌『諸君!』誌上に求めるものである。
(3) 謝罪文と反論文掲載との関係 反論文は原告がその名において行うものであり、謝罪文は被告が被告の名において行うものである。救済の趣旨は同じでもその手段は異なる。本件のごとき不法行為の場合には両者の掲出により初めて名誉、声望の回復が可能であるのでこの両者を本訴において請求するものである。なお両者を並列的に請求するものである。
(二) 謝罪文の根拠 被告文春、被告Y1関係
  その根拠は民法七二三条によるものである。
(三) 謝罪文の内容
  被告らにつきそれぞれ別紙謝罪文(一)、(二)記載のとおりである。
3 損害賠償の請求
  被告らの原告に対する前述したそれぞれの違法行為に対し損害賠償の請求をする。
  被告Y2、同Y3、被告文春に対しては民法七二三条、著作権法一一五条により反論分(被告会社)、謝罪文(右各被告)と併わせ損害賠償を請求するものである。
  被告Y1、被告文春は債権侵害としてその不法行為責任を免れ得ないので、民法七二三条により謝罪文の請求のほか損害賠償の請求をするものである。
  この損害は計り知れないが、原告に対して被告Y2、同Y3、被告文春は連帯して金一〇〇〇万円及び弁護士費用金一〇〇万円を、被告Y1、被告文春は連帯して金一〇〇〇万円及び弁護士費用金一〇〇万円を支払うのが相当である。
第二章 本件不法行為と適切な被害回復措置
第一 被告文春の原告に対する一連の攻撃
一 最近の攻撃例
1 〈書証番号略〉(A)は、一九八八年一二月一五日号の『週刊文春』の電車中吊り広告を縮写したものである。また〈書証番号略〉(B)は読売新聞に掲載された同じ『週刊文春』の広告である。
  Aを見ると広告の最主要部である右端トップに当該広告全体のほぼ四分の一もの面積を占める。
  “創作記事で崩壊した私の家庭”
  朝日・X記者に当てた痛哭の手記
という文字(このようなものは一般に「惹句」と呼ばれている)が躍っている。またBでは右惹句は、当該広告面積の約三分の一、『週刊文春』という雑誌名を除けばそれ以上の面積を占めている。
  また、右『週刊文春』の目次(〈書証番号略〉)を見ても、全部で約二〇〇頁ある中で、これがトップ記事として大きく掲記され、ここでも、右の「“創作記事で崩壊した私の家庭”朝日・X記者に宛てた痛哭の手記」との「惹句」が繰り返して用いられているのである。
  右広告文にある「痛哭の手記」なるものは、右『週刊文春』の発行直後に発行された『諸君!』一九八九年一月号に掲載された。
  南京事件「百人斬り」
  「向井小尉の娘」の四十年
と題する、向井小尉の次女Z2氏の手記(〈書証番号略〉)のことである。
2 この広告や目次では、
  朝日・X記者
という文字の右側にちょうど並列させて、
  “創作記事”で崩壊した私の家庭という文字が記載されている。「朝日・X記者」が新聞記者であることは公知の事実である。新聞記者であれば「記事」を書くのは当然である。またそこには「朝日・X記者」以外に「記事」を書く筈のものは誰も記載されていない。とすると、この“創作記事”なるものを書いたのは「朝日・X記者」をおいていないことになる。
3 次にここに言う「創作記事」という言葉はいかなるニュアンスを持っているのか。「創作」という言葉には「はじめてつくること」といった意味のほか「つくりごと。うそ。」という意味もある(広辞苑第三版参照)。一般に「記事」は他の記事を丸写ししたものでない限り「創作したもの」である。つまり「創作」なる文字を付加することによって、「創作記事」という言葉は「でっちあげ記事」とか、「捏造記事」というニュアンスを持つに至るのである。「創作」という文字の持つこのニュアンスは、それに続く「……で崩壊した私の家庭」という言葉で広告意図は決定的なものとなっている。この部分によって「創作」という文字の良からぬニュアンスの部分を用いていることがいよいよ明らかになるからである。
  このように右の広告や目次の記載は、
  朝日、X記者の「でっちあげ記事」によって家庭を崩壊させられた者が、X記者に宛て書いた「痛哭の手記」
というメッセージを表現したものということになる。
4 むろんこれは事実と相違する。しかし右広告に驚いて『週刊文春』(〈書証番号略〉)
を買い、その部分を読んでみても、なお右広告や目次が事実と相違しているかどうかがよく分からないような巧妙な書き方をしている。なるほど、注意深く読んでみるとようやく右の「創作記事」というのは「朝日、X記者」の書いたものではなく一九三七(昭和一二)年一一月から一二月にかけて当時の『東京日日新聞』に掲載されたいわゆる「百人斬り競争」の記事のことを指しているかのようにとれる部分もある。しかし、全体の論調は、あたかも「朝日・X記者」が、「でっちあげ記事」を書いたかのようにもとれる記述の仕方をしているのである。これはまことに嫌悪すべきトリックである。しかもこのトリックは、右の『週刊文春』を読んでも必ずしも分からないのである。
  広告を見た者や、更に右『週刊文春』の記事を読んだ大多数の者はあたかも、X記者が「でっちあげ記事」を書き、このため誰かの家庭が崩壊したことを非難されていると印象づけられたまま残されるのである。
  右の広告が掲載された読売新聞は九六七万部の発行部数を持っている。また右と同一の広告が毎日新聞(四一六万部発行)にも掲載されている。おそらくブロック紙にもほぼ同様の広告は掲載されたであろうし、首都圏で同様のデザインの電車の中吊り広告が、数日間JR線、地下鉄線等の主要路線に掲示され極めて多数の乗客がこれを目撃したものと推測される。
5 原告は、この『諸君!』及び『週刊文春』の記事について、一九八九年一〇月一一日に当のZ2氏に会って直接話を聞いている。このとき向井氏は、
1 右『週刊文春』のタイトルを見て驚いたこと。
2 「ああいうタイトルは一番つけてほしくないタイトルだった」こと
を原告に語っており、被告文春が向井氏の心情を欺くようなことまでして、ひたすら原告を攻撃するために右のような記事を掲載したことは明らかである。
6 この『週刊文春』の記事中には、
  一方X氏の手記の感想を求めると、
  「……突然こうゆう重大な問題について『感想なり反論なり』求められてもとても時間がありません……」
  といった趣旨の一片の回答が寄せられた。
  そのX氏について、Z2さんは「憎しみすら覚えました」と感情の昂ぶりを隠さない。
という部分がある(〈書証番号略〉)の記事の末尾)。これは『週刊文春』の記者から、『諸君!』に掲載される予定の向井氏の手記についての「感想なり反論なり」を求められた原告が、『週刊文春』に送付した「回答」(〈書証番号略〉)の一部を利用したものであることはたしかだが、原告の回答には以下のような条件が付けられていた。
  「なおこの回答はもし引用するのであれば一切の削除も加筆もしないで下さい。」
  しかし、『週刊文春』誌は、そういう原告Xの「回答」を記事化するに際しての条件を無視して、右のように勝手な引用を行ったのである。
二 X攻撃の“発掘”“利用”
1 先に述べたように右の『週刊文春』の記事は、一九八九年一月号の『諸君!』に掲載されたZ2氏の「手記」の内容を紹介する形で書かれており、記事には『諸君!』一月号の写真まで掲載されている。
  この『諸君!』の向井「手記」は、いわゆる「百人斬り」についての『東京日日新聞』の記事が「創作記事」であるとの前提に立って、原告が朝日新聞の「中国の旅」という連載の右に関する部分を“向井小尉の娘”という立場から非難するものであり、要するに“「百人斬り」について触れることによりより虐げられ続けた「戦犯の娘」をこれ以上いじめないでほしい”という趣旨のものにすぎない。つまりこの「手記」は「百人斬り」があったのか否かについてはその時点までにあれこれ言われていたことをなぞっただけで何一つ新たなものを付け加えていない。この「手記」の「売り物」というのは、事件当事者の娘の手記ということと、激しいX攻撃ということの二点なのである。
  なるほど「百人斬り事件」については論争があった時期もあった。しかし、この「手記」が掲載された『諸君!』が発売された一九八八(昭和六三)年頃は、この論争も既に終息していた。にもかかわらず『諸君!』は突如、この「手記」を掲載したのである。
  そもそも「手記」の執筆者のZ2氏は、一般の人であって「手記」を読んでみても文章を書くのに得手な人とは思われない。『諸君!』編集部において何らかの意図を持ってZ2氏を“発掘”し“利用”したものと推測できるのである。
  このことは、右の『週刊文春』における「手記」の取りあげ方からも裏付けられる。
  右の『週刊文春』の記事では、このX攻撃は更にエスカレートしている〈書証番号略〉を一読すれば明らかなように、右「手記」の内容を紹介しつつ、全篇を激烈なX攻撃に終始しているのである。
  そもそも「同じ会社であるとはいえ『諸君!』と『週刊文春』が取りあげたのは、手記を利用して更にX攻撃をする意図があったからにほかならない。
2 このようにわざわざ被告文春が、原告Xに対する攻撃手を「発掘」して、『諸君!』を始めとする被告文春発行の雑誌に掲載するという手法は右の
  “朝日・X記者に宛てた痛哭の手記”
だけではない。まさに本件評論にもこれと同じ手法が用いられているのである。
3 本件評論の基になったのは〈書証番号略〉の昭和五四(一九七九)年一月一五日付の『月曜評論』である。
  本件評論は、これを読んだ被告文春の社員たる『諸君!』編集部(当時)のZ1氏が被告Y2に依頼して執筆させたものである。この『月曜評論』は一読してわかるように全部が原告X攻撃の文章である。それ以外の記載部分は何もない。
  とすると、被告文春が着目したのは、この記事が原告を攻撃しているからに他ならないということになろう。すなわち、被告文春は、これを『諸君!』誌上で再利用して原告を更に攻撃するために被告Y2を『月曜評論』から“発掘”し、本件評論を書かせたものであることはまことに明らかである。
三 被告Y1の原告に対する害意
1 被告Y1の行為の違法性については別項(第二章第二)で詳述するので、ここでは同被告の原告に対する特別の害意を示す次の二点を指摘しておく。
2 まず、先に述べた「“創作記事で崩壊した私の家庭”朝日・X記者に宛てた痛哭の手記」という記事が掲載された『週刊文春』の表紙には
  発行人 Y1
と記載されている(〈書証番号略〉)。
  この『週刊文春』は「昭和六三年一二月一五日号」である。週刊誌は実際発行される一週間後の日付を付けるのが通例であるから,この「昭和六三年一二月一五日号」が実際に発行されたのは昭和六三(一九八八)年一二月八日前後ということになる。 
  この二日前である一九八八(昭和六三)年一二月六日は、本件訴訟の第二〇回口頭弁論期日であり、証拠調べが行われた。
  そしてこのときの証拠調べが他ならぬ被告Y1の尋問だったのである。
  これは注目すべき「符合」といわなければならないのではないか。
3 〈書証番号略〉の「株式会社文芸春秋の出版物によるXへの批判文・攻撃文・中傷リスト」を見ると明らかなように、被告文春は約二〇年にもわたって執拗に原告対する攻撃・中傷を繰り返している。しかし、例えば一九七二(昭和四七)年頃には、必ずしも十分な形であったことは言えないまでも、ともかく原告Xの反論文を掲載してきていたのである。
  被告文春は右のリストの番号1の『諸君!』(一九七二年一月号)ではイザヤ・ベンダサンと称する人物が、「朝日新聞のゴメンナサイ」で原告の新聞連載記事「中国への旅」への全面攻撃をはじめた。しかし当時の『諸君!』の「編集兼発行人」であったZ3は、原告Xの反論文である「イザヤ・ベンダサン氏への公開状」を同誌同年二月号に掲載した。
  またその後も原告Xの反論に対するベンダサンの反訴「X様への返書」(同誌三月号)に関して、原告の再反論「雑音でいじめられる側の眼」を同誌四月号に掲載したのである。
  そして、当時の『諸君!』の編集後記には、
  「さいきん編集部への投書が急速に増えてきた。特にイザヤ・ベンダサン氏とX氏の論争が始まってからは、拍手を送ってくるものもあり、怒号を寄せてくるものありで、編集部としても張合いがある。両氏の論争も多少噛み合わないところがあったが、発想の対照の妙が呼び物になったらしい。これからも大いに論争の場を提供して、『諸君!』の売り物の一つにしていきたい。」
などとの記載もあり、当時の『諸君!』の編集長であるZ3は一方で原告を攻撃しつつも、他方で原告からの反論にも「論争の場を提供して、『諸君!』の売り物の一つにしていきたい」との姿勢をもっていたことが窺われるのである。
4 これに対し被告Y1は原告Xを攻撃・中傷するばかりで、原告には一切の反論を許さなかった。〈書証番号略〉の「Xへの批判文・攻撃文・中傷文リスト」の中、番号四五・四七・四九・五一はいずれも『諸君!』であるが、これらは被告Y1が「編集兼発行人」の時のものである。また同番号五二・五五・五七・五八はいずれも『文藝春秋』であるが、これらは被告Y1が「編集兼発行人」又は「編集人」の時のものである。
  このように被告Y1が『諸君!』『文藝春秋』の誌面を利用して執拗に原告攻撃を繰り返しているのである。原告Xが本件評論に対して行なった『諸君!』の「読者諸君」欄への投稿(〈書証番号略〉)については、『諸君!』編集部で同誌の七月号に掲載の約束をしていた(〈書証番号略〉)にもかかわらず、被告Y1は「内容から判断して掲載にあたいしない旨の判断」(〈書証番号略〉)と称して右掲載約束を破って原告Xの最低限の処置に過ぎない「訂正」さえ不可としたのである。
  右の〈書証番号略〉の原告の投稿は、「読者諸君!」欄の投稿規定の「四百字詰め原稿用紙二枚以内」という制限に合致する、字数にしてわずか約二四〇字のものであり、内容は、本件評論について、原告Xの原文を対照して読んでほしい旨のものにすぎない。延々と攻撃中傷を加えられた被害者の反論としてはまことにつつましやかなものにすぎなかった。
  逆に『諸君!』六月号の「読者諸君」欄(〈書証番号略〉)には、
「……(前略)……前号でY2氏“今こそ「ベトナムに平和を」”の犀利な論文に接し、わが国内の心情的左翼ハネ上り行動者たちに、気の毒さを覚えるというよりも、自由社会の畑にはびこったいら草のように感じられて、迷惑な思いを深くしたのであった。」(「自由社会のいら草」)
というような読者の投書を掲載しているのである。
  この投書は被告Y1が『諸君!』の「編集兼発行人」になった後のものである。このように被告Y1は本件評論による原告Xへの攻撃・中傷さらに追討ちをかけるかのような投稿を掲載しながら、前述のような原告のまことにつつましい投稿については『諸君!』編集部が既に成立していた投稿文の掲載約束を反古にしたのである。
  被告Y1の原告Xに対する特別の害意はまことに明らかであると断ぜざるを得ない。
四 被告文春の姿勢
1 原告に対する攻撃・中傷は執拗に反復しながら、これについての原告の反論を許さないという被告Y1の姿勢は、むろん同時に被告文春の姿勢でもある。
2 被告Y1は直接関与してはいないと思われるが、被告文春の右のような姿勢は、次の事実にも明らかに表われている。
  〈書証番号略〉の「Xへの批判文・攻撃文・中傷リスト」の番号一、三、四、六、
七、一〇、一三等は一九七二(昭四七)年一一月に『日本教について』という単行本(発行所被告文春)にまとめられている。この本の「はじめに」のところで「著者」イザヤ・ベンダサン氏(今日では、こうした人物は実在せず、ニセユダヤ人でさえもなかったことが明らかにされた。東北学院大学教授浅見定雄氏著の『にせユダヤ人と日本人』によってこのイザヤ・ベンダサンの正体は山本書店店主、山本七平氏だということが明らかにされている)はこう述べている。
  まとめて一冊の本にしたい、という申し出をうけたとき、私の申し出た条件は、本書簡への批判、反論はもちろん、罵倒といったものまで、すべてを収録すること、であった。連載という方法は、途中で批判が入るので、それを契機に新しく論旨を展開しうるのだからその批判も掲載すべきであるし、また批判を除去して、私の言い分だけを一冊とすることは公正を欠くと思ったからである。幸いX氏の快諾を得て、氏の二回の反論を掲載することができた。深く感謝する次第である。ただ久野収氏(『朝日新聞』一九七二年二月二十八日掲載)と『余録』氏(『毎日新聞』一九七二年一月五日掲載)の分は省いた。掲載する価値がないと思ったからだが、関心のある方々は、前記の掲載紙を参照のうえ、それぞれに判断されたい。ただ、批判・反論という形は、時には論述が重複することは避けられない。しかし、対論となった以上、後で自分の論旨のその部分に手を加えることは公正でないので、章の表題の一部を除いて、すべてを『諸君!』掲載のままとして、加筆・訂正は行なわなかった。この点、了承して頂ければ幸いである。
  そして事実この単行本の末尾には〈付〉という形で原告Xが執筆した「イザヤ・ベンダサン氏への公開状」と「雑音でいじめられる側の眼」が収録掲載されている。
  これらは本来はベンダサンの文に対する反論なのだから、当該のベンダサンの一文の次に掲載しなければならないのに、これを末尾にまとめて掲載したことや、活字が本文よりも小さくかつ二段組である点など不十分なところはあるがともかく、反論文を収録したという点では一応の評価ができるのである。
  しかしこの本は一九七五(昭五〇)年に被告文春が「文春文庫」の一冊として文庫化されたが、その単行本に収録掲載されていた原告Xの前項二つの反論文は全て削除されてしまった。
  このように被告文春は従来から原告の反論を許さない姿勢をとり続けていることが明らかである。
  単行本に反論文を収録するか否かは主として著者の責任であるとはいえ、出版物が編集者と著者との共同作業によって完成されている実態において、文庫本化に際して右のような経過をもつ反論文が削除されることは被告文春がいかにジャーナリズム精神や言論の自由、民主主義と縁遠い会社であるかを事実で告白しているといえるであろう。
第二 被告Y2の違法行為
一 被告Y2は「架空の引用」・「恣意的引用」等の違法な誤引用の方法で、原告に最大級の非難・中傷を加えた。
1 本件評論の分析
(一) 本件評論の中で原告が実際は言っていないのに「言ったことにされた」事実
  本件評論にもとづくと、原告Xは本件著作物で次のとおり「主張し(書い)た」ことにされている。
○ X記者の『ベトナムはどうなっているのか?』という本には「それは坊さんのセックス・スキャンダルを清算するための無理心中と書かれている」ことになっている(〈書証番号略〉「本件評論」五九頁上段・傍線引用者)。ところでこの「と書かれている」
は、原告がそのように主張したという意味である(第一五回口頭弁論被告Y2調書四四丁)
(以下調書を特定するときは口頭弁論の表示を省略)。
○ 「この事件についてもX記者は『焼身自殺などというものとは全くの無縁の代物』、『堕落』と『退廃の結果』であるといっ」た(同六一頁中段)。
○ X記者は、「事件は去年の六月一二日ー絶望的になった彼〈ヒエンー引用者注〉の自殺の巻添えをくったものとみられる。」(同六二頁上段まで)と書いて、事件が無理心中であるとの結論を示したことになっている。そしてティエン・ハオ師が語った内容は本件評論の六二頁上段の二重鍵括弧、『この事件は解放のあとで外国に逃げたー声明を発表したのでしょう』部分だけに限定されているように書いていることになっている。
○ 「X記者は重大な事実を確かめようとしないで、また確かめる方法もないままに、断定して書い」た(同六二頁中段)。
○ X記者は「カントーの事件でも現場に行かず、行けずに、ー政府御用の仏教団体の公式発表を活字にしている」ー「X記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントは一切避けている。」(同六二頁下段)
○ 「十二人の殉教を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いた」(同六三頁中段)。
結局本件評論だけを読んだ読者は、原告Xが本件著作物の中で、
・ 取材の自由がないので確かめる方法もなく、確かめようとしないで、又現場に行かず、行けずに、
・ 政府御用の仏教団体の公式発表を全て伝聞(にもとづいて)、
・ 焼身自殺とはー全く無縁の代物で堕落と退廃の結果であると判断し、
・ 本件事件と坊さんと尼さんのセックス・スキャンダルを清算するための無理心中事件であると断定し
・ “セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに書いている。
と理解する。
(二) 本件評論の中で原告に加えられた非難・中傷
  被告Y2は、原告が「無理心中事件と断定したこと」を前提にして次のとおり非難・中傷した。
・ X記者はこの部分を全て伝聞で書いている。彼自身のコメントは一切避けている。なんともなげやりな書き方ではないか(同六二頁下段)。
・ あのX記者はどこに行ってしまったのだろうかー「足で書く」記者であったはずである(同六三頁上段)。
・ 取材の自由がないところでは確かめようがないから何でも書くことができると考えているのであれば、これは報道記者としての堕落である(同頁上段)。
・ X記者を「ハノイのスピーカー」と呼ぶ人がいるのも非難ばかりできない(同頁中段)。
・ 誤りは人の常といっても、誤るにも誤りかたがあるというもので、十二人の殉教を“セックス・スキャンダル”と鸚鵡返しに本に書いたというのでは言い訳ができない。原告X記者は筆を折るべきである(同頁中段)。
(三) 居丈高に非難・中傷を加えた根拠としての「現場録音」テープ
  被告Y2が原告に対して「誤るにも誤りかたがあるという」ような居丈高な非難・中傷を加えることができた根拠として、「現場録音」テープの存在がある。テープの内容を詳細に紹介することで読者に対し、「真実の探究」としては殉教であることを「根拠」のある主張の如くに示し、それによって原告が本件著作物で「断定」している無理心中事件は、信用できないものであることを印象づけた。「足で書」かなくなった原告の「ルポ」は大きな誤りを犯したのであって、原告は筆を折るべきこととなる。
  なお、この「現場録音」テープ(Y2テープ)の信用性・違法性については項を改めて詳述するのでここでは右指摘にとどめる。
2 本件著作物の分析
  本件著作物における本件事件に関する記事は、明らかに「発表もの」である。
(一) 本件著作物は二重の意味で「発表もの」のスタイルを厳格に守っている。
  原告は本件事件を記述するにあたって、第一に「ーハオ師自身が事件の現場調査をした結果を以下のように明らかにした。」(〈書証番号略〉)と書き、紹介するのはハオ師の現場調査であることを明示した。そして改行して、「事件は去年の六月一二日の深夜のことだった。ー」から書き始め、最後に「ー“集団焼身自殺事件”にでっちあげて声明を発表したのでしょう。」とハオ師の言葉でしめくくった。その上で第二に更に改行して念のために「ティエン・ハオ師は以上のように語った」とわざわざ明示した。このような二重に「発表もの」であることを表示することによってハオ師の調査を紹介しているにすぎないことが一目瞭然となるようにしている。
(二) 取材の自由がないこと、直接的ルポでないことを明記
原告Xは、本件著作物の二六八頁で次のように明記している。
  「ー『一二人の焼身自殺』ーは新政権への抗議自殺だといわれているが、サイゴン当局の調査によれば、単なる色キチガイの坊主が、関係した尼さんたちを道づれに寺に放火して無理心中しただけのことだ。しかし、西側での宣伝に対して私が確信をもって反論するためには、私自身が自由に現場へゆき、その周辺の人々から自由にきく必要がある。そうでなければ「当局によれば」として「発表モノ」をそのまま報道するにとどまる。それはそれで意味はあるものの、私自身の直接的ルポとするわけにはゆかない(同一七七頁)。

 このように、原告自身のルポではないこと、単に「サイゴン当局の調査によれば」とする紹介にとどまることを同じ本の中で明記した。「発表モノ」を伝えただけであって、原告がその内容に関与していないことを、はっきりことわっている。(被告Y2は同じ本のこの部分に気付かなかったのだろうか。そうではない。被告Y2はこのすぐ前のページ(二六七頁)から、別の部分、つまり被告Y2に好都合な部分だけを抜き出して引用(〈書証番号略〉)している。すぐ続いて右の部分があるのだから、この部分に気付かなかったとは到底考えられない。)
(三) 原告は資料的な意味でこの事件を紹介したにすぎない。
  第一に、原告は本件事件を新聞記事としては書いていない。このことは本件事件を八百万人を越える新聞読者に対し速報的に知らせなければならないような重要な事件ではない、と考えたからである。単行本を出版する際、ひとつの資料として書きとどめたのである。なお、このときの新聞記事としては政府と仏教徒との関係について一般的に書いたもの(〈書証番号略〉・一九七七年四月一一日『朝日新聞』記事)があるだけである。
  第二に、しかも本件事件については既にパリからのロイター電として政府の新宗教政策に対する抗議自殺であるというニュースが世界中を駆けめぐり、世界の人々の知る事実となっていた(〈書証番号略〉一九七六年九月九日『朝日新聞』記事)。そこで愛国仏教会会長がそれに反する調査結果を発表したことが、情報として一定の価値があり、記録しておくことそれ自体に意味があるとの判断によって紹介したものである。(第一八回証人筑紫調書一二から一三丁)
  第三は、本件事件を書きとどめておいた理由の一つとして、前章でこの事件について触れているので章を改めて記載しておく方がわかりやすいであろうという読者への配慮もあった。つまり、ベトナム戦争時において仏教徒(アンクアン派)による焼身自殺の抗議は世界に衝撃を与えベトナムの解放に寄与した。解放後そのアンクアン派は沈黙しつづけており、彼らがどう考えているのかについて公開の場で明らかにされたことはなかった。そうした折、原告がベトナム滞在中に、ホーチミン市人民委員会が公然とアンクアン派と対決する構えを見せ、同委員会作成の警告書の中に本件自殺事件について触れている。そのことを「仏教徒の周辺」(〈書証番号略〉「本件著作物」一六六・一七〇頁)で紹介した。そこで章を改めてこの事件について紹介したにすぎない。
3 本件著作物を本件評論のように変貌させた方法
  誤った前提・推論・引用等をもとに立論してはならないのはなんびとにとっても最低のルールである。被告Y2も、
  あなた自身は、他人の著作物を引用するについて、どういうような点を注意しておられますか。
  なるべくその人が言ったことを客観的に、忠実に批判する場合でもまず客観的でなければいけないとそう思っておりますし、また心掛けてるつもりです。
  正確性を出す必要があるというふうに理解してよろしいですね。
  はい。(第一六回被告Y2調書四三丁)
と答えており、この点については何ら争いがない。
  ところが被告Y2は、原告の本件著作物を評論(実態は非難・中傷であるが)の対象とするにあたり、次のように誤った引用等の方法を用いて原告が使ってもいない言葉を使ったとし、言ってもいない事実を言った事として、原告の本件著作物の内容とは全く異なる虚構をつくり上げ、「発表もの」の内容を原告の調査結果であるかのようにすり変えたのである。
(一) 存在しない言葉の「架空の引用」
  「この事件についてX記者は、『堕落と退廃の結果』であるといっている。」とY2は引用している。しかし、本件著作物にはそもそもこのような文言は存在しないのであって、これは明らかに架空の引用である。すなわち、本件評論は、原告X自身が本件事件を「堕落と退廃の結果」であると言っているという架空の事実を前提とした出発しているのである。
(二) 恣意的引用
(1) 記述主体者のすりかえ
  原告は本件事件を記述するに当たって、二重の意味で発表ものであることを明示している。にもかかわらず被告Y2はこの部分を引用するに際し、導入部分の「ハオ師自身が事件の現場調査をした結果を以下のように明らかにした。」を意図的に欠落させて引用した。このことによって被告Y2は、原告がハオ師の語った内容として記載した部分をあたかも原告自身の調査であり原告自身の調査内容である、と読者が頭から誤解してしまうようにつくり変えてしまったのである。なるほど原告Xが念のために加えておいた末尾部分の「ティエン・ハオ師は以上のように語った。」という言葉はそのまま引用されている。しかしこの引用部分の直前に『』で括られたハオ師の直接話法による言葉が紹介されているため、ハオ師の言葉は、この『』で括られた部分のみを指すとしか理解できないようになっている。
  すなわち、被告Y2は原告の著作物を引用するに際し、その引用部分の論述の主体が誰であるかを読者に誤らせるように、本件著作物の導入部で明示している「ーハオ師自身が事件の現場調査をした結果を以下のように明らかにした。」という部分をわざわざ欠落させ、これにより引用部分の論述主体があたかも原告であるかのようにすりかえているのである。
  また更に被告Y2は原告が「焼身自殺などというものとは全く無縁の代物と言っている」と引用するのであるが、右言葉を語ったのはハオ師である。つまり本件著作物では「ティエン・ハオ師は、この事件について私たちの質問に答えて『外国に逃げたー事実をよく知って下さい。焼身自殺などというものとは全く無縁の代物です』」と記載しているのであるから、ハオ師の言葉以外に取りようがない。にもかかわらず被告Y2は、あえて記述主体をすりかえて原告Xが述べた内容であると「引用」したのである。
(2) 重要部分の恣意的引用
  原告がハオ師の語った内容を紹介したのは、第一にこのハオ師が事件の現場調査をしていたというからであり、第二にこのハオ師が「愛国仏教会副会長」という責任ある立場にあったからである。そしてそのハオ師の語った内容はそれまで世界を駆けめぐっていた「パリ発ロイター電」の報道と全く異なっていたからである。“このような者が、このように語った”という事柄自体が読者に提供するに値するひとつの情報たり得たのである。そこで原告は右ハオ師の語った事柄を紹介するに先立ち、まずこの「愛国仏教会は愛国知識人会と同様に、革命政権に協力するための仏教会での組織」・「仏教の一七派が加わっている」という事実を明らかにし、更にその「愛国仏教会」の副会長が、自分自身で事件の現場調査をした結果であると述べたものであることを明示した。またこれらの点を明らかにしておくことは情報の客観性と情報を価値判断する際において極めて重要な事柄だからである。ハオ師によって語られた事実がどの程度客観性があり信頼できるものかどうかは、ハオ師の立場を紹介されることなくしては読者も判断できないからである。
  ところが被告Y2は、本件著作物を引用するにあたり右の重要な諸点を意図的に全部欠落させて引用した。このため、原告の本件著作物は、(原告が無理心中と断定して書いているという前提に立ち)あたかもどこのだれかもわからないハオ師の言葉によって補足的裏付けをしているにすぎないかのように読者に印象づけられているのである。
二 被告Y2は事実を捏造したり、事実をきわめて不正確に紹介する人物である。
1 Y2テープ(以下被告らが任意に法廷に提出したテープー〈書証番号略〉ーを指し、かつ、被告Y2が本件評論を書く際に入手していたテープが右テープであったと仮定して主張する)の紹介にあたり勝手に内容を捏造して紹介している。
(一) 本件評論によればY2テープの内容について次のとおり紹介されている。
  名前を読みあげた声は一呼吸おいて、さらに歌うように最後の一節を読みきる。
  「恥の中に生き長らえるよりも真実と名誉のために死ぬ方が喜ばしい。理想を守るため、良心を守るため、そして真理を守るために私達は死に就きます。薬師禅院の代表、ティック・フエ・ヒエン、南無妙本師釈迦牟尼仏。」
  テープは再び勤行が始められたことを示している。一人の僧、多分は禅院の指導者であるフエ・ヒエン師の独唱を中心に木魚のどっしりした響き、幾種類ものあるいは高く、あるいは低く音を響かせる鐘が結び合い背き合い、そこに僧尼の無心で晴やかな合唱が加わる。とても焼身自殺を直後に控えた人達の最後の勤行とは思われないほどの音律の豊かさ、永遠につづいていきそうな気持になる(〈書証番号略〉『諸君!』一九九〇年一月号・二六五頁にも類似の記載がある。)
  しかしながらY2テープによれば、右最後の一節を読み切った後に続いているのは歌四曲である。被告Y2が紹介している「勤行が始められたこと」も、「木魚のどっしりした響き」も、「幾種類ものあるいは高く、あるいは低く音を響かせる鐘が結び合い背き合い」する音も、全くない。更に右四曲はすべて男性の独唱であり、「僧尼の無心で晴やかな合唱が加わる」ということもない。即ち、被告Y2は、そのテープに収録されていないにもかかわらず「再び勤行が始められた」以下を捏造し、読む者をしていかにも臨場感があり「現場」で録音したものであるかのような錯覚に陥らせるように故意に事実を捏造したのである。
(二) 本件裁判中に発行された一九九〇年一月号『諸君!』の被告Y2が書いた「ベトナム集団焼身自殺事件『証言テープ』はこうして作られた」という評論(以下一月号評論という)(〈書証番号略〉)において、被告Y2はY2テープの内容を説明するについて次のように記載した。
  「裁判(本件裁判を指している・引用者注)で問題とされる姓名を読み上げる箇所を」ー「チェック」しー「声明がまた『南無妙大師釈迦牟尼仏」で終りいよいよ殉教の準備が全て整った禅堂のくつろいだ様子は私を驚かせる。ヒエン師は仏教を讃える短い歌を二曲歌う。お坊さんになることはいろいろ苦しいことを伴うけれど,人々の幸福に尽くせるという喜びもある、といった内容だそうである」ー中略ー「女性信者の一人がベトナム人の誰もが知っている『無名戦士を讃える歌』を歌う。いま目前で死のうとしている十二人の僧尼を国民を守って戦場に斃れた兵士になぞらえているわけである。」
  ところで、「南無妙大師釈迦牟尼仏」のあとに続く歌を誰が歌っているかについては、被告Y2が言うようにヒエン師であると安易に特定できないと考えるが、この点はさておくとしても、Y2テープに四曲の歌が続いて録音されていることは明白な事実である。一月号評論のようにヒエン師が二曲、女性信者が「無名戦士を讃える歌」を歌っていると説明されるならば、読者はY2テープには歌が三曲しか録音されていないように理解する。被告Y2は、Y2テープの紹介にあたりふたたび不正確不十分な紹介をしている。更にもっとも問題なのは、女性信者が「無名戦士を讃える歌」を歌たっているというが、Y2テープの歌は四曲とも明らかに男性の声であり女性ではない。その歌の内容も1 薬師禅院の仏教歌、2 歌・僧の小屋、3(詩らしきものの朗読の後)歌・昔の寺を偲ぶ、4 歌・救世釈迦の合計四曲が録音されているのであり、「無名戦士を讃える歌」はどこにも録音されていない。 
  したがって、被告Y2はふたたび「女性信者」が「無名戦士を讃える歌」を歌っているという捏造を繰り返したとしか言いようがないのである。
  (ところで、被告らがY2テープを法廷に提出するにあたり作成した「Y2テープ・Xテープの内容対照表」には、Y2テープ内容の説明として「テープカウンター一〇一五、歌(女性)との記載がある。しかし法廷に提出したY2テープに「歌(女性)」がないことは明らかである。そして被告Y2は一月号評論で「女性信者」が「無名戦士を讃える歌」を歌っていると書いている。つまり、被告Y2テープの内容について二度にわたって同じ「誤り」を繰り返した訳であるが、この事実は、むしろ、被告Y2の手元には本法廷に提出されたY2テープとは異なる別のテープ即ち女性の歌が収録されているテープが存在し、右対照表や一月号評論はこの別のテープに基づいて書かれたものではないかとの推測すら成り立たせていることを付言する。)
(三) 更に、被告Y2は一月号評論において
  「私のテープ(Y2テープを指している・引用者注)と聞き比べるとはるかに(Xテープは・引用者注)録音状態が悪くー」
と記載しているが、Y2テープとXテープを聞き比べればY2テープの方がはるかに録音状態が悪いのである(〈書証番号略〉「鑑定書」八頁)。
  ここでも被告Y2は十分な検査・検証もせず思い込みのままに書いて平然としているという習性を露わにしている。
(四) いずれにしてもY2テープが本法廷に提出されなかったならば、この捏造の事実が、このように「陽の目を見る」こともなかったであろう。いったい原告と被告のどちらが「たしかめようがないから何でも書くことができると考えている」(〈書証番号略〉「本件評論」六三頁上段)人物なのかを問わずにはおられない。「言い訳はできまい」(〈書証番号略〉)と被告Y2が原告Xに対して投げつけた言葉は、そのまま被告Y2自身にあてはまる言葉である。
2 Y2テープの紹介にあたり重要な事実を恣意的に欠落させ、事実を不正確なものとした。
(一) 本件評論ではY2テープの内容は次のように紹介されている。
  第一に「寺のリーダーは穏やかな声」で「弟子」に対して「説教」している。「南無妙本師釈迦牟尼仏。ー」で始まり「ー仏陀にお祈りいたします。」で終わっている。(〈書証番号略〉「本件評論」、五九頁下段から六〇頁上段)。
  第二に次に声の調子が改まって、政府に対する抗議の呼びかけとして「南ベトナム共和国臨時革命政府およびー」で始まり「これから焼身自殺をいたします。」と「呼びかけ」て終わっている。そして声は乱れもせず、十二人の僧と尼の名前を読みあげたあと、名前を読みあげた声は一呼吸おいて、さらに歌うように最後の一節を読み切っていることになる。即ち、「恥の中に生き長らえるよりも」で始まり、「薬師禅院の代表、ティック・フエ・ヒエン、南無妙本師釈迦牟尼仏。」で終っている。
  そして第三に再び勤行が始まった(前1項記載の部部)と紹介されている。
  したがって第一の部分ではリーダーの穏やかな声の説教がある。第二の部分では政府に対する抗議の呼びかけが始まり、その後十二人の名前を読み上げ、更に最後の一節があり、その末尾にヒエンの署名がある。(十二人の名前以下が用意された文章を読みあげたものであると紹介されている。)そして第三の部分では再び勤行が再開されたとなっている。なお、右第一から第三は、あたかも時間的に連続しているかのように紹介されている。
(二) しかしながらY2テープによれば、
  右第一、第二、第三は、それぞれの箇所でテープが切断されており、三つの別々の部分から構成されており、時間的に連続しているか否かが明らかでないことは明白である。
  更に第一も第二も「アピール文」または「声明文」を、しかも末尾に住職の印が押印されている文書を「読み上げ」たテープであることは直ちに判明する。
(三) ところが被告Y2は第一部分の末尾にある「住職が印記し、読み上げる」「ティック・フエ・ヒエン」の部分(〈書証番号略〉「Y2テープの翻訳文」)を故意に紹介しなかった。そして逆に本件評論のテープ内容を紹介する冒頭に、被告Y2のコメントとして「最後の勤行であることは疑いない」と書き加え、更に第一部分の冒頭に「ー次のように穏やかな声で説教」し、「弟子に対する語りかけ」をなしたと書き加えて紹介したのである。
  このように紹介されれば、読者は焼身自殺直前に最後の勤行(説教)がなされたと読んでしまうのは当然である。
  また、第二部分の冒頭でも「政府に対する抗議の呼びかけ」がなされたとまず紹介するので、文書を読み上げているのは十二人の名前以降の部分であるかと思われる。つまり被告Y2は本来は第一、第二は文書を読みあげているにすぎないテープであるにもかかわらず、それを正確に紹介せず、あたかもごく限定された一部については文書を読み上げているが、その余は現場での説教であるかのように紹介して、読者に疑いなく現場録音テープであると思い込ませようとしたのである。
  ここでもまた重要な部分を恣意的に欠落させて内容を誤解させるという一例が再現されているのである。
3 記述主体のすりかえ
  事実を記述する場合、記述が見たり聞いたりしたのか、思い出したりしたのか、あるいは第三者が見たり聞いたり思い出したりしたのか、その第三者もAなのかBなのか特定できない第三者なのか。つまり、「だれが」ということは事実判断にとって欠くことができない重要な事柄である。このことはジャーナリストの世界のイロハともいうべき「五W・一H(いつ・どこで・だれが・何を・なぜ・どのように)」の原則や一九八四(昭和五九)年九月四日付原告作成の「私はこの裁判をなぜ重視するか」で記している『サンデー毎日』や『わだつみの声』の訂正(お詫び)(〈書証番号略〉)の実例を引くまでもないことであろう。
  被告Y2は前項で記した通り、ハオ師の言葉を原告Xの言葉にすり替え、原告Xが言ってもいないことをあたかもそのように言ったかのように紹介するという、最も基本的な誤りを犯した。
  ところで、原告側が被告Y2の著作物のごく一部を検討した結果でも、本件ほどひどいものではないが、被告Y2は同種のことをくり返している筆者と言わざるを得ないのである。以下具体例をあげてみよう。
  被告Y2の著作物である『アメリカに見捨てられた国ーベトナム戦争、そしてボート・ピープルに学ぶもの』一九八〇年四月発行創世記出版(〈書証番号略〉)、「ベトナム難民との二年間ー亡き国の人々とともにー」(〈書証番号略〉『革新』一九七九年一月号)、「ベトナム難民」(〈書証番号略〉『自由人権のすべて』ー『月曜評論』一九七七年一二月一二日号より転掲ー)「難民に会ってみて」(〈書証番号略〉『革新』一九七八年八月号)を各々読み比べることによって次の事実を確定することができる。
  Y2は一九七七年一〇月(一五日)ワシントン・ヒルトンホテルでタン・フォン氏に会った。これが難民との出会いのはじめであった。ワシントン郊外のノース・アーリントンにあるフアン氏の家へ行って彼から話を聞いた。第二の難民としてグエン・コン・ホ(フォ)アン氏にその翌日会うことになった。ホアン氏はベトナム統一前および統一後を通じて国会議員の職にあったという異例の人物で、統一後のベトナムから難民として脱出した。Y2はフォン氏とともに、アーリントン小学校の集会に参加しているホアン氏を迎えに行き、同夜はフォン氏の家でホアン氏と語り合った。ホアン氏は夜半(午前一時頃)に帰ったが、Y2はフォン氏宅に泊まった。翌朝、フォン氏の車でホテルに送られその途中ーワシントンD・Cへ向かうフリーウエイに入る直前にY2は小学校の朝礼を見た。
  被告Y2は、この小学校の朝礼でアメリカの国旗掲揚をするベトナム難民の子どもの姿を右の本の中で描写しており、その情景に重ねて、ベトナム難民が子ども達の将来即ち祖国を持たない人民の悲哀について述べた言葉を直接話法の形で紹介して書いている。直接話法の形で紹介しているのであるから、話をした者が特定できる場合に使う方法であることに異論はあるまい。さらにまた同一情景の中で述べているのであるから、ある特定の一人の人が述べた事柄と推認することができる。このような前提のもとで被告Y2がその直接話法で語った主体について書いた部分が各々どうなっているか読みくらべてみよう。
・ 「しかし私はその時、フォンさんの奥さんの言葉を思い出した。彼女はこう言ったのである。」(注・「その時」は小学校の朝礼で国旗の掲揚をみている時である。)(〈書証番号略〉)
・ 「しかし私はその時、フィラデルフィアで会った洗濯屋をいとなむベトナム難民の話をふと思い出した。彼はこういったのである(注・「その時」は右と同様の意味)(〈書証番号略〉)
・ 「私はベトナムの難民の言葉をその時、思い出した。」(注・「その時」は右同様の意味)(〈書証番号略〉)
・ それを見ながら難民の人々はこう言うわけです。(中略)その方の奥さんは洗濯屋さんを始めまして、少し商売が軌道にのってきたところ旦那さんは町の掃除夫としてパートタイムの仕事をやっているという状態であったー。」(〈書証番号略〉)(注・「それを見ながら」とは小学校の朝礼で国旗の掲揚を見ながらの意味である。)と記載されているのである。〈書証番号略〉ではアメリカの国旗掲揚をするベトナム難民の子どもの姿を見ながら、被告Y2自身が難民から聞いた話を思い出して紹介するという書き方をするのであるが、一方〈書証番号略〉ではベトナム難民の人が被告Y2に対し直接語ったようにも紹介するのである。更にベトナム難民から聞いた話を思い出して紹介するについても、それを語った人物は、ワシントン郊外に住むフォンさんの奥さん(〈書証番号略〉)であったりフィラデルフィアで会った洗濯屋の「彼」(〈書証番号略〉)であったりする。いったい誰が、どこで、語った話なのであろうか。読み比べると全く謎である。
  フォンさんの奥さんもフィラデルフィアで会った洗濯屋の彼も、奥さんが洗濯屋で町の掃除夫のパートタイマーをやっている旦那さんも、いずれも被告Y2の論旨に賛同する人達であり、これらの人から直接“自分は言っていない”というクレームが来ることがないことであろう。しかし、作家曽野綾子が一九八五年九月一七日付『朝日新聞』の「声」欄(〈書証番号略〉)で、自分が言ってもいないことを言ったとして批判されていると朝日新聞社に批判を加えているように、誰が何を言ったかということを「誤って」紹介するということは、言ってもいない思想をその人のものとして提示してしまうという点において見すごすことができない重大な問題なのである。したがって、被告Y2のような記述主体のすりかえは、クレームの有無にかかわらず許されることではない。被告Y2のようなすりかえをして事実を提示していくことが許されるのであれば、一つの事実はいかようにも脚色されていくことなり、事実を知らせるという仕事の初歩において誤りを犯していると言わざるを得ない。
三 被告Y2のあれこれの「弁明」はすでに破綻している。
1 「発表もの」を書くことはそれを支持していることである、との「弁明」
  被告Y2は「比較してみますと必ずしも正確ではありません」と、自らの引用が正確でないことを自認している(第一五回被告Y2調書二五丁)。
  しかし続いて被告Y2は原告Xが最初にルール違反をした。即ち資料として記載するならば地の文章でなく注として書くべきであったと主張する。「発表もの」をそのまま取り上げて書くことは、発表そのものに意味がある、即ち引用者がそれを支持しているときに使うやり方であると主張する(第一七回被告Y2調書、三五丁・答弁書第三の二)。
  しかしながら、「発表もの」をそのまま書くことが発表された事柄を「肯定している」ことになるという論理は成り立たない。この書面において被告Y2の主張を引用したことが被告Y2の主張を「肯定している」のでないことと同じであろう。「発表もの」は、発表それ自体を正確に報道するものであって、とりあえずそれを肯定したり否定したりするという価値判断を含まない記事のことを言うのである。これは政府等のある発表を「発表もの」として報じた記者や新聞社が「政府の発表を支持している」とか「政府のスピーカー」と考えないのは天下の常識である。
  更に被告Y2は(〈書証番号略〉)「国家の崩壊」八〇年四月号『諸君!』二〇四頁)において、旧ベトナム軍情報将校のホアン・トゥルツクタム氏がのべたテト攻撃がアメリカの陰謀であったという説をそのまま地の文で紹介している。これについて被告Y2は「一つの見解」を紹介したものであり、自分の立場とダムさんの考え方は違うと述べている(第一七回被告Y2調書一〇丁)。
  したがって「発表もの」を書くことが、「発表もの」の内容を支持しているときに使うやり方であるという主張は、すでに被告Y2自身において否定されており、論旨はすでに崩壊している。
  これに関して被告らは、本件著作物二六八頁において、原告がわざわざ
  「私自身の直接的ルポとするわけにはゆかない(一七七ページ参照)。」と明示していることをとりあげて、
  「もしXさんが本文の中できちんと発表ものの形で発表ものとして書いてあればここでこんなふうに弁明する必要がなかったんだと思います。百何十ページも離れて弁明せざるをえなかったのは、その書き方が実はまずかったことをXさんは知っていらっしゃった証拠だと私は読むんです。」(同調書、三一丁)
と述べている。しかしながら、既に述べたように原告が二重の意味で発表もののスタイルを取って本件事件を紹介していることは、その形式だけからも判断可能な明白な事実である。「その書き方が実はまずかった」等というのは全くのこじつけである。また本件著作物二六八頁の右記載は「百何十ページも離れて」本件事件をわざわざ“弁明”したものでもないことも当該部分を読めば明白である。ベトナムにおける自由な取材を必要としながらそれが可能でなかったことに触れ、そうした場合は「発表もの」をそのまま報道することの意味について述べ、その際の実例として本件事件の記述を提示したものである。被告Y2の読み方は偏見あるいは自己弁護の必要から生み出された苦しまぎれの詭弁でしかない。
2 原告の立場を要約・言い替えて引いたにすぎない、との「弁明」
  被告らは、「焼身自殺などとー無縁の代物」・「堕落と退廃の結果」という言葉は原告の本件著作物での立場を理解した上で要約的あるいは言い替えて引いたものであるとも主張する。(第一七回被告Y2調書一三丁・第二〇回被告Y1調書三二丁から三五丁)。
  しかし被告Y2らの右「弁明」は成り立たない。
  引用、要約は正確でなければならない(〈書証番号略〉)。そしてこれはジャーナリズムにおける初歩的な約束事である。このことは被告Y2もその尋問において肯定しているところである。引用、要約あるいは言い替えが正確でなければならないことと、被告Y2が本件著作物をどのように読んだか、どのように理解したのかということとは全く次元の違う問題であるから、両者を混同した「弁明」と言わなければならない。また、本件事件が「焼身自殺などとー無縁の代物」・「堕落と退廃の結果」という言葉に要約されているとの「弁明」は、原告Xが調査などしていないものを原告が調査をなし、その結果を記述したものとして被告Y2によって“要約”されているのであるから、要約であれ言い替えであれその内容である前提になる事実が存在しないのである。したがって、“要約”という「弁明」は完全に誤っている。
3 導入部の「どういうことであろうか」は「解明してみせよう」ということである、との「弁明」
  被告Y2は、本件著作物が「前章にでてくるファム・ヴァム・コー(フエン師)の事件とはどういうことであろうか」(傍線引用者)との書出しで始まっている「どういうことであろうか」は原告Xの自問であり、この自問は「これから解明してみせよう」というふうに読める。「Xさんが自分で調べなくても非常に信用して書いたというふうに私も読む」し、「皆さん読むんじゃないか」(第一七回被告Y2尋問調書四四丁)と「弁明」している。しかし本件著作物の右部分は前章をうけた導入部以上の意味を持っていないことは前章と合わせて読めば明白である(本章の第一の一の2の(三)参照)。この導入部を受けてハオ師の調査を紹介していることも既に述べたとおりである。被告Y2が主張するように、原告が「非常に信用して書いた」と読める具体的な根拠はどこにもないのであって、なんの根拠もなく被告Y2が「私も読む」のは勝手というほかはないにしても「皆さん」が「読む」というのは全く勝手な思い込みという他はない。
4 全体としての引用は何ら誤っていない、との「弁明」
  取材の自由がないー確認の方法がないーことをいいことにして、原告は本件事件を「発表もの」であるかのような形をとって、それを真実のように読者に伝えたいと本件著作物を書いた。原告はそのようにして本件事件を事実であるかのように読者に伝えたかったのだと被告Y2は理解し、その上で本件評論のように引用した。したがって本件評論の引用は全体として何ら誤っていない、というのである。(第一六回被告Y2調書三八丁)
  しかしながら右「弁明」の中でまず問題にされなければならないのは、原告が「それを真実のように読者に伝えたいと考えて」書いたという被告Y2の主張自体に根拠があるかどうかである。「発表もの」を紹介したことが、その内容を支持し真実のように伝えたいと受けとる根拠とならないことは既に右1で述べたとおりである。そこで次に被告Y2の法廷での供述を検討してみよう。原告代理人から「この本の中自体には、X記者は自分の意見として書いてある箇所は指摘できないんでしょう、あなたには。ここがそうだということを。」と、具体的根拠を示すよう求められた質問に対して、被告Y2は、
  「一節全部そうだと言っているのです、私は。」
  「まるごとそうだというんです。」
(第一七回被告Y2調書一五乃至一六丁)
という苦しまぎれの「弁明」に終始し、
結局のところ原告が「真実であるかのように読者に伝えたいと考えた」箇所を具体的に指摘することができなかったのである。更に言うならば、右のように被告Y2が具体的箇所を指摘できないことは当然といえば当然であったのである。被告Y2は、原告の「判断」を勝手につくりあげたにすぎないのである。原告の本件事件に関する記述を素直に読むならば本件事件の紹介が正確な「発表もの」であることは誰にでも理解できる事実だからである。
  つまり、原告は制限された取材活動の下にあったため、原告自身がその真偽について取材をしてその判断をなすことが不可能であった。だからこそ、真偽についての判断を留保した「発表もの」として記録したのである。
  記者が事実の真偽につき自己の判断をもって報道できるか否かは、その事実についての調査の範囲、得られた資料、資料の価値などを通じて最終的に決定する。そうであるから事実の真偽において自己の判断をもってする報道は、当該記者の調査力や判断力が問われるのである。しかし現実に記者は、さまざまな制約(政治的、社会的、地理的、経済的、時間的)の中で取材をせざるを得ない。自己の取材の結果だけではその時点で自己の判断が不可能な場合がある。その場合は事実に関する判断を留保したり、何ら自己の判断を加えずにその発表内容をそのまま紹介するにとどめるという「発表もの」の手法をもって紹介するのである。これは新聞記者や著述家の初歩的な手法に属する事柄である。先にも述べたとおり本件著作物は二重の意味で「発表もの」であることを明示している。そして当然のことながら原告Xが「発表もの」の形をとりながら真実のように伝えたいと考えて書いたということを推量させるような部分さえ全くないのである。
5 本件著作物の付録部分に原告Xの立場が凝縮されている、との「弁明」
  被告Y2は、本件著作物の付録部分、特に「古き友」はなぜ背を向ける?ー新生ベトナムと取材の自由ーからいくつかの箇所を取り上げて、原告はベトナム擁護の立場に立っている。その立場から本件事件を取上げたのであり、「発表もの」の形式を借りながらベトナムの立場を擁護しているのであると主張してその引用等の誤りを正当化しようとしている。
(一) ところで、「古き友」はなぜ背を向ける?の部分は「A」から「F」までの六つの章から成り立っている。原告は「A」で、かつての反戦知識人が今になってなぜベトナムに背を向けはじめたのだろう。これらの人の個人的な性格や「限界」の問題などの次元ではなく、ベトナム側の体制とか機構とか、もっと根源的なところに原因があるのではないかという問題意識を提示した。そして「B」以下「F」まで一貫して、ベトナム当局あるいはベトナム人によって人権抑圧の事実がないといろいろ説明されたが、「ー私自身納得できるまで取材しなければならない。そのためには、あらゆる現場を自由に取材しなければならない。裏も表もすべて調べ、何より現場の声を自由に聞くことが必要だー」。「今こそ『自由な取材』をさせるべきではないかー。」(「D」二六五・二六六頁)と取材の自由が制約されている現状を述べると同時に、原告自身が人権抑圧があるかないかの直接的判断(ルポ)が下せない(ルポが書けない)ことも述べている。また取材の自由のないところでは、ジャーナリストとしての判断が下せず、発表ものを紹介するにとどまるということの例として本件事件にも触れているのである。したがってこの部分を一言で「凝縮」するならば、直接的判断が下せない(ルポが書けない)こととその理由を述べた部分というのが正確である。
  本件著作物が取材の自由がないことを強調した本であることは、次の書評によっても明らかとなっている。
○ アジア問題・解説者の井沢信久によれば、「本書の末尾に六編の付録が付いている。“「古き友」はなぜ背を向ける?ー新生ベトナムと取材の自由”などのタイトルが示すように,友人としての著者のベトナム批判である。疑念の表明である。」としたうえ、「彼の指摘の要旨は、勝利したベトナムが猛烈な北爆を受けていた頃よりも取材の自由を認めないのはなぜなのか、取材の自由が認められなければよいルポは書けない。納得できる取材ができない以上ほめてもけなしてもウソになるというものである。著者が本書に『ベトナムはどうなっているのか?』という表題をつけたのは、実は自分でも断定できるものがつかめなかったことを良心的に告白したものなのである。」とのべている(〈書証番号略〉『アジア』一九七八年四月号一一三頁中段・下段)。
○ 『朝日新聞』の書評(〈書証番号略〉・一九七八年一月三〇日)では、本件著作物が「ベトナムの社会主義建設を考える有力な材料を提供している」とし、更に「著者があえて(ベトナムの・引用者加入)批判を口にしなければならなかったところに、平和な社会主義建設のむずかしさがあると言えるのではないか」と述べている。 
○ 被告文春発行の一九七八(昭和五三)年三月二日号『週刊文春』の「文春図書館」(〈書証番号略〉)では、本件著作物を「珍書」として揶揄したうえ、本件著作物で原告が「さぞかし社会主義建設中の勇姿を友情あふれる目で紹介しているにちがいない、と思って読むと大いに当てが外れる」、「社会主義がいかにすばらしいかということを日本の人民に伝えようとしても取材の自由がなかったら説得力ある記事が書けるはずがない、と著者は怒っている」と書いている。
  『週刊文春』の記事は真面目な批評というには程遠いものであるが、この類の書物でも、原告が先駆的に「新生ベトナムの正しさ」を主張していると理解していないし、まして原告がベトナム当局と同じ見解を示しているとはいささかも言っていない。逆に「友情あふれる目で紹介しているに違いない、と思って読むと大いに当てが外れる」と断定し、「説得力ある記事が書けるはずがない」と原告は「怒っている」と理解していることは注目に値する。
○ なお書評ではないが、歴史学者笠原十九司も、本件著作物は原告の「予測や分析を入れずに、聞いたことを記録して紹介する、という態度に徹している」ものと理解していると述べている(〈書証番号略〉『歴史学研究』一九八七年六月号五五頁)。
(二) これに対し被告Y2及び被告らは「E」の部分に原告の立場が凝縮していると主張し、具体的には、
  第一に、原告は「西側で宣伝された事件」として本件事件を紹介しているから一定の立場が驍名されていると言う。しかし宣伝という言葉は一般にある主張・商品の効能などを多くの人に説明して理解・共鳴させ、広めるという趣旨にすぎない。「西側で言われていることは事実じゃないんだ」(第一六回被告Y2調書一二丁表)などというような本件事件の真偽についての否定的な使い方に「解釈」するのは被告Y2の一方的な「解釈」にすぎない。まして、そのすぐ後で「私自身の直接的ルポとするわけにはゆかない」と明言しているのであるから「宣伝」という言葉によってXが本件事件の真偽について判断を下しているなどということは到底言い得ないのである。
  第二に、「私は困った。これでは説得力のあるルポルタージュによって「新生ベトナムのすばらしさ」を描くことができない。『現場で実情をよく見る』(ヴー・コク・ウイ氏)
ことが、これではできない。表面的な『取材』による限りでは、たぶんすばらしい方向に進みつつあるようだ。そう信じたい。」と書いていることを立場の表明であるという。しかし原告は、ベトナム当局がどのように「新生ベトナムのすばらしさ」を言っても取材の自由がなければルポルタージュが書けないという趣旨で「これでは」「説得力あるルポルタージュによって『新生ベトナムのすばらしさ』を描くことができない」(二六八頁)と書いており、続いて「表面的な『取材』による限りでは、たぶんすばらしい方向に進みつつあるようだ。そう信じたい。」(同頁)と「たぶん」にわざわざ傍点を付して皮肉を強調しているのである。当該部分を読めば自由な取材の必要性と、それがないところではルポが書けないことを述べている趣旨であることは明白である。
  第三に、「たぶん『一〇倍も美しい祖国に築き上げ』(ホー・チ・ミン)られつつあると思う。そう信じたい。ただ、心ゆくまでの取材による確信をもってそれを報告できないだけである」と書いていることを立場の表明であるという。しかし、「『一〇倍も美しい祖国に築き上げ』られつつある」との部分は、ベトナムの最高指導者の言葉を引用したものだが、ここでもわざわざその前に「たぶん」を加えて「たぶん『一〇倍も美しい祖国に築き上げ』(ホー・チ・ミン)られつつあると思う。そう信じたい」と記述し、続いて「それを報告できない」と書き、結局取材の自由がないところでは原告は何らの判断を示すことができないということを強調して述べているのである。
  被告Y2らは原告が「E」の部分で反語的・逆説的用法を使って書いていることを事さら無視して勝手な「弁明」をつくりあげているにすぎない。これらのあげ足とりともいうべき「凝縮」論は、木をみて森をみない視野狭窄的論法というべきである。
四 被告Y2は原告のジャーナリストとしての本質に最大級の非難・中傷を加えたのであり、違法性がきわめて高い。
1 原告は事実を基本にするジャーナリストである。
  原告が徹底して事実を基本に置いたルポルタージュを書いてきたジャーナリストであることは、原告本人尋問や『事実とは何か』(〈書証番号略〉)をはじめとする書証(〈書証番号略〉)『再訪・戦場の村』二六一頁、〈書証番号略〉『歴史学研究』五五・六三頁、〈書証番号略〉『カンボジアはどうなっているのか?ー亡命難民たちの証言』九八・三〇四乃至三〇六頁、〈書証番号略〉『カンボジアの旅』)等によっても既に明らかにしてきたが、更に次のいくつかの書評及び人物辞典の評価によって、否定できない客観的事実となっている。
○ 原告は一九六九年のボーン賞を受けている。(ボーン賞は日米ニュース交流に一生をささげた元UPI副社長マイルス・W・ボーン氏の功績を記念するために設けられ、国際理解に貢献した日本人記者に贈られる。受賞者はこの当時までで原告を含め三〇人であった。)その受賞の理由は、「取材対象と徹底的に取組むことにより多くの隠れた事実を明るみに出して国際情勢の判断に役立つ新鮮な資料を豊富に提供した努力、とりわけ南北ベトナム踏査報告シリーズが高く評価されたためである。」(〈書証番号略〉69・3・25付『朝日新聞』)
○ 右ボーン賞受賞の理由のひとつとなった『戦場の村』につき、被告文春発行の一九六八(昭和四三)年五月六日号『週刊文春』の「書籍パトロール」(〈書証番号略〉)で、村上兵衛(評論家)は「この著者によるルポのすぐれている点は、その冷静な客観的な態度にあった。その著者の眼に映った現実は、直視されなければならない。」と評価している。
○ 人種差別の真の実態を体験的に明らかにした本である『アメリカ合州国』について、陸井三郎(評論家)は「X氏はもちろん、かなり調べたうえでアメリカに行っているが、本書が語るのは、自分の目や耳でたしかめ、体験したことばかりである」(〈書証番号略〉『サンデー毎日』71・1・24号)と評価している。
○ 『ルポ短編集』について「“Xルポ”には(カナダ・エスキモーのルポ等にしても)このような“草の根”的次元への密着態度が、しっかりと土台になっている。だからそれは、ときに本質的なナマの「事実」を露(あらわ)にする」と評価されている(〈書証番号略〉『聖教新聞』S56・7・1)。
○ 『カンボジアはどうなっているのか?』について、松本三郎(慶応義塾大学教授)は、「第一流の取材記者である著者が、その訪れた社会主義国では例外なく『取材の自由』がなかった体験から、何故なのかと問い、そこから、社会主義の本質に迫ろうとしているのは興味深い。『良いハズ』の社会主義国が何故取材を拒否するのか。取材できない以上、『良い』か『悪い』かはわからない。『保留』せざるをえない。
  われわれは本質を解明するためには、『ハズ社会主義』への訣別を告げるべきことを著者は訴え、」ている(〈書証番号略〉『アジア』79年5月号)と評価している。
○ 一九九〇年八月二三日付『朝日新聞』(〈書証番号略〉)で吉田秀和(評論家)は以下のように評している。
  「七月から一月くらい、この新聞に連載されたX氏の東ドイツ事情の記事はよかった。前々からいっているように、私はこういう報道こそ読みたい。そこの住民がどう生きたか、どう生きているかがわからなければ、体制の崩壊とか変革の必要とかの議論なんかいくらきかされたってピンと来ない。Xさんのはその逆。生活の中での出来事が主として本人の口から語られる。その上で、氏はことの真相をたしかめるため、地道な努力を重ねる。」と原告のルポルタージュに関する読者としての信頼感を素直に表明している。(なお、この連載は同新聞社から『ドイツ民主共和国』として出版されている。)
○ 『現代マスコミ人物辞典』(二十一世紀書院)(〈書証番号略〉)によれば、「事実を徹底的に積み上げ、常に『される側』の論理に立って『する側』を告発する“Xジャーナリズム”を確立する。」と記載されている。更に、『朝日人物辞典』(朝日新聞社)(〈書証番号略〉)によれば、「一貫して事実をもって告発する態度のルポルタージュで問題を提起している。」と評価されている。
○ 右書評・人物辞典の他に新井直之は、意見書(〈書証番号略〉)の中で次のとおりのべている。
  「ここで原告が述べているルポルタージュの方法は、1 まず現場を見るなどして、事実を取材し、2 そこで見たり聞いたりしたことをそのまま書く、3 もし可能であれば、自分の判断を下す、4 しかし見聞しても事実がよくわからぬ場合も大いにあり得るから、そのときは判断を留保する、ということである。ー本件著作物は、まさにこの手法を完全に駆使して書かれている。」としたうえで、たとえば、
  「私のルポ『カンボジアはどうなっているのか?』はすべてベトナム側からの取材によるものであります。当然ながら、それはベトナムに有利な資料を反映したものとなっています。しかし私自身はまだどちらの側を支持するかを決めておりません。ジャーナリストとしては、とにかくまず現場を見るなどして事実を取材しなければならない。先入観がないとはいえません。ただ少なくともそれにとらわれぬように、取材第一でのぞもうとしています。判断はそのあとです。
  ところが、カンボジア側は私の入国を認めませんから、私には取材することができません。もし入国できれば、私はベトナム側についてやったと同じように、カンボジア側できいたすべてを、そのまま活字にして報告するでしょう。見たものすべてそのまま書くでしょう。そうした上ではじめて、もし可能であれば私自身の判断も下すでしょう。「可能であれば」と申しますのは、それでもなお事実がよくわからぬ場合も大いにありうるからです。なぜでしょうか。
  それは、ただひとつ、取材が両国とも不自由だからであります。」(『ハズ社会主義』への訣別を」『事実とは何か』朝日新聞社、一九八四年二四九ページ)また本件著作物である『ベトナムはどうなっているのか?』について、
  「ファム・ヴァム・コー事件に